細胞生物学Tグループ学習 第1班

コレラ毒素の構造と機能について 〜百日咳毒素との比較〜


<GIO>

コレラ毒素と百日咳毒素の構造と機能について理解することによって、 将来、それぞれの毒素による感染症の診断、治療、予防に役立つ医療人となることを 目指す。


<SBO>

以下の項目について、それぞれ説明することができる。


<コレラ毒素の構造の特徴と感染方法>

コレラ毒素とは

コレラは激しい水様性の下痢を伴う致死的な細菌性腸菅感染症である。この下痢が 菌の産生する毒素によって起こることは、菌を分離したローベルト・コッホ自身が 当初から予想していた。しかし毒素が下痢の原因であることが証明されたのは1950 年代になってからである。その後、1970年代になりこの毒素が精製され、 アデニル酸シクラーゼの活性化等さまざまな性質が明らかとなった。

構造と機能

腸菅上皮細胞に定着したコレラ菌は増殖に伴ってコレラ毒素を産生する。菌体外に 排出されたコレラ毒素は2つのタンパクから構成されている それはすなわち、 8kDaの毒素(酵素)活性部分と、 8kDaのサブユニット5個で構成されるBオリゴマーである。

A,Bタンパクは細菌の染色体上にあるctxA、ctxB遺伝子の産物で、 両者はオペロンを形成している。Aタンパクは翻訳後、菌自ら分泌する タンパク分解酵素や腸管内のトリプシンによってニックが入り、 SS結合で結ばれたA1,A2の2つのフラグメントとなる。

Bオリゴマーは、細胞表面のレセプター、GM1ガングリオシドと強く結合し、 コレラ毒素が細胞表面に吸着する役割を担っている。レセプターに結合後、 A1-A2間のSS結合はグルタチオン等の還元物質により切断され、A1サブユニットは 細胞内に押し込まれる。細胞内に押し込まれたA1フラグメントは、NADを認識し、 そのADPリボ−ス基を切断し、アデニールシクラーゼの活性を制御している タンパクGsα成分にADPリボシル基を転移する。このADPリボシル化により、 GSαはGTPase活性を失い、アデニル酸シクラーゼを不可逆的にさせる。
制御タンパクは、GTP型とGDP型をとり、GSαの不活性化により、GTP型となり、 アデニル酸シクラーゼの持続的な活性化のためにcAMPの細胞内濃度が高まる。 cAMP上昇から下痢までのメカニズムは明らかになっていないが、 cAmPの上昇によってタンパクカイネースの活性化へと導かれ、いくつかの タンパクリン酸化の過程を経た後、イオン輸送に関するタンパクのリン酸化に 起因して、腸管上皮細胞にCL-が蓄積し、管腔側に対する膜透過性も昂進し、 主にクリプト細胞から腸管腔へCL-が分泌され、また、絨毛先端部細胞からの Na+の能動的吸収の抑制を起こすなどして下痢を起こすと考えられている。

最近、ctx遺伝子を含む領域は染色体に埋め込まれた細菌ファージ遺伝子であることが 判明した。また、腸管内においてこの変換ファージは高頻度の他のコレラ菌に 伝達されることもわかった。このファージはフィラメント様ファージで、 大腸菌M13ファージと類似しており、ファージのレセプターはTcp線毛である。 コレラ毒素についても、このように転換ファージによって毒素遺伝子が伝達されうる。 よってこれは、毒素欠失生菌経口ワクチン株も、環境中のコレラ菌から毒素遺伝子を 受け取り有毒株に変化する可能性を示唆し、ワクチン研究開発に問題を投げかけている。

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<コレラ毒素の感染予防法および治療法>

  1. 感染経路対策 コレラの予防には環境衛生の完備、衛生知識の向上が必須であり、海外における流行状況 を把握することが平常時対策として必要である。
    我が国の公衆衛生の現状ではたとえコレラ感染源が侵入しても大流行となる恐れはない ので平常時の予防接種は廃止され、流行時もしくは流行の恐れのある場合に、緊急事態策 として地域を限定して予防接種を行う余地を残しておく程度となっている。しかしながら、 コレラは感染経路対策に対して極めて抵抗性が弱いため、環境衛生の整備は大変有効な 予防手段であるといえる。

  2. 予防接種 コレラの予防接種はワクチン注射である。現在我が国で使用されているワクチンは国際基準 ワクチンに相当し、諸外国のものとほとんど同じである。

    (1) ワクチンの製造方法
    @ コレラ菌小川型および稲葉型のS型菌を培養してpH7緩衝生理食塩水で浮遊液を つくり、56℃で30分加熱もしくはホルマリン、フェノールあるいはチメロサール によって不活化する。(生菌が存在しないことを確認する)
    A ワクチン1ml中には両菌型それぞれ40億個を含むように混合し、保存剤として フェノール0.5w/v%もしくはチメロサール0.01w/v%を加える。

    (2) 接種方法
    皮下注射による。接種量は(3)で示す。海外旅行などに際して、接種後6ヶ月以内に 追加接種を行う場合の接種量は規定されていないが第一回の接種量を皮下注射する。 緊急時で2回接種の余裕がない場合は、2回量を1回に注射することがある。

    (3) 接種量

    コレラワクチン接種量 (単位:ml)

    年齢第一回第二回追加接種
    13歳以上,成人0.51.00.5
    7 〜 12歳0.350.70.35
    4 〜 6歳0.250.50.25
    4歳未満0.10.250.1
    * 第一回と第二回の間隔は5〜7日である

    (4) 免疫効果
    予防接種による免疫効果は短く6ヶ月であり、効果率も50〜60%とされているが、 50%有効率は3ヶ月という報告もある。

    (5) 副反応
    一般にコレラワクチンの副反応は軽度であるといえる。局所反応として発赤、腫脹、硬結 を見ることがあり、全身反応として発熱、倦怠感などがあるが、24時間以内に消失する のがふつうである。局所反応異常と認められるものは非常にまれであり、37.5℃以上 の発熱は5%程度にみられる。

    (6) その他
    コレラワクチンの効果は(4)で示したとおり、それほど効果が期待できない。これに 変わり最近ではコレラ毒素遺伝子を遺伝子工学的に欠失させたコレラ毒素費産生性の 変異コレラ菌をもちい、直接腸管を免疫刺激し、分泌型抗体の分泌を促進させる 経口生菌ワクチンが開発されている。

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<百日咳毒素の構造の特徴と感染方法>

百日咳は、感染力が強い百日咳菌の鼻咽頭への侵入によりおこる飛沫感染である。 百日咳菌が上気道に感染し増殖すると百日咳の症状がみられる。百日咳菌は、楕円形の グラム陰性で、Bordet‐Gengou(BG)培地、Charcoal培地に発育する。BG培地上では、 30時間以後にβ溶血環で真珠様の集落形成をみる。百日咳菌K凝集原には1から6までの 血清学的因子がある。

百日咳毒素(IAP)の化学構造

百日咳の死菌を投与された哺乳動物においては、膵臓ランゲルハンス島からのインスリン 分泌応答が亢進することから1978年に百日咳菌の培養上清よりその活性化に関わる因子が はじめて分離精製され、Islet-Activating Protein(以下IAPと略す)と命名された。 百日咳菌がリンパ球増多因子(LPF)、ヒスタミン増感因子(HSF)やアジュバント活性物質を 産生することは以前からも知られていたが、IAPは百日咳毒素そのものであることが一般に 受け入れられている。

IAPは、5種6個のサブユニットよりなる多量体タンパク質(分子量約117,000)で、それらの サブユニットの会合はすべて非共有性(non-covalent)結合によるものである。最大の S1サブユニットには後で述べるようにIAP活性の本体があるので、A(Active)プロトマーと 名付けられ、残りの5量体(S2〜S5サブユニット)は細胞表層に特異的に結合して Aプロトマーを細胞内へと送り込む役割を果たすので、B(Binding)オリゴマーと呼ばれて いる(図1参照)。すなわち、IAPはコレラ毒素やジフテリア毒素と同様に、いわゆる A-B型毒素の一つである。また、1986年には、IAPを構成する5種のサブユニットの遺伝子も 解析された。

百日咳毒素の作用機構

IAPのAプロトマーは、NADのADPリボース部分をGタンパク質(のαサブユニットC末端 近傍のシステイン残基)に転移させるADPリボシルトランスフェラーゼ活性をもつ酵素 タンパク質である。
この反応の基質となる(IAP標的)Gタンパク質は、種々の細胞膜受容体 と細胞内にセカンドメッセンジャーを生成する酵素などの効果器系との間で、情報の伝達器 として機能している重要なGTP/GDP結合性の制御タンパク質である(図2参照)。

Gタンパク質にはいくつかの種類があるが、現在までにGi、Go、Gtと呼ばれるGタンパク質 サブファミリーのαサブユニットがIAPによってADPリボシル化されることが知られ ている。IAPによってADPリボシル化されたGタンパク質は細胞膜受容体と共役することが できなくなり、効果器系への情報伝達が遮断されるので、受容体刺激を介する細胞応答が 消失してしまうこととなる。
例えば受容体刺激による細胞内cAMP含量の減少は、Giを介したアデニル酸シクラーゼ活性の 抑制によるので、細胞を予めIAPと接触させておくことにより完全に消失する。 IAP処理によって発現する多くの作用、中性脂肪分解作用の促進、エピネフリンによって 惹起される高血糖の抑制、などはこの機構によるものと考えられている。またIAPの 標的Gタンパク質は、アデニル酸シクラーゼ系ばかりでなく、最近では受容体刺激を介する 各種ホスホリパーゼの活性化やイオンチャネルの開口といった情報伝達系にも関与する ことが証明されている。

グラム陰性桿菌:培養後時間が経つと多形性(上皮細胞下侵入性、Fe=Lfよりの鉄獲得能、 偏性好気性)を示す

相菌 … カタル期患者から分離されるS型集落を形成(smooth corony)
血液寒天地で培養
相菌
相菌
相菌 … R型集落の形成(rough corony)、病原性(-)
気管支粘膜上皮細胞で定着 … 糖鎖をrecepterとして
線毛上皮細胞、肺胞Mφに付着、侵入。CR3インテグリンを
レセプターとするRGD蛋白認識
Mφ内で長期間生息(病理的変化は生じない)
百日咳毒素産生(PT) … 5種類のサブユニットからなる蛋白毒素。
PLC activation (-)、PLA2抑制、Ach recepter抑制、GABA recepter抑制
Giα蛋白のADP ribosilation
Adenylate cyclase抑制能障害
cAMP濃度上昇
IAP : インスリン分泌促進蛋白
カタル期 … 感冒症状
痙咳期 … 特有の痙攣性咳口嗽発作:精神感動、
食物摂取、啼泣刺激によって誘発。反復する咳発作
顔面紅潮、充血した眼球突出、頚動脈怒張
チアノーゼ
レプリーゼ reprise : 呼吸障害による特異的な笛声
半透明の粘調の痰を排出して発作終了
回復期 … 発作の減少

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<百日咳毒素の感染予防法および治療法>

本菌に感受性の強いマクラロイド系が第一選択薬で、カタル期に開始すれば痙咳期に 進ませず、軽快させることが可能である。痙咳期には咳嗽を抑制する効果は乏しいが、 除菌作用には優れている。したがって、カタル期を早期に診断することが大事である。
14員環のマクラロイド系抗生物質の内でエリスロマイシン(EM)、クラリスロマイシン (CAM)、ロキシスロマイシン(RXMルリッド)が卓効を示す。 エリスロマイシン50mg/kgを2週間連続投与した場合、途中で休薬すると bacterial relapseを引き起こす。
なおエリスロマイシン投与で約2日間で除菌される。RXMは小児用製剤の治験中 である。その他、15員環のアジスロマイシン(AZM)も同等の抗菌力を持ち、 現在治験中である。

乳幼児で入院を要する例においては、静注用の抗生物質を選択する。ピペラリシン (PIPC)、セフォペラゾン(CPZ)が非常に優れたMIC値を示し、 ラタモキセフ(LMOX)、セフォタキシム(CTX)がそれに続き、選択薬と なりうる。
乳児および咳嗽のために内服薬が飲めなくなり入院を要する患児においては、 静注用抗生物質を投与するとともに、抗百日咳毒素抗体(坑PT抗体)を有する 静注用ガンマグロブリン200〜400mg/kg/日(最大2.5g/日)の3日間の 併用を行い、良好な治療成績を得ている報告も多い。また、ステロイド、アレビチアン、 交感神経刺激薬が治療薬として併用されるが、評価は一定していない。
さらに、鎮咳薬では、リン酸コデインなどで咳嗽反射を抑制するのは危険であり、 一般的な鎮咳、去痰痙薬を使用する。

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<コレラ毒素と百日咳毒素の構造および機能の違い>

アデニル酸サイクラーゼ(C)ついて

Cは2種のGTP結合蛋白、NsとNi、によりその活性を制御されている。
Ns、Niは通常は不活性型で膜に存在しているが、C活性を促進あるいは制御する アゴニストがそれぞれのレセプター(R)に結合すると、これにNsあるいはNiが 結合し活性型となる。活性型となったNs、Niは、C活性を促進あるいは制御し、 cAMPの変動をきたす。活性型Ns、NiはCに作用するほかに、自分自身を 活性型から不活性型へと転換する作用も持つ。

・コレラ毒素(CT)の場合
CTは活性化および不活性化のNsをADP−リボシル化するが、これにより阻害される のは、Nsの自分自身を不活化する活性のみで、C活性を促進する作用は抑制されない。 したがってCTの作用により、Nsは一度活性化されると不活化型に変換することなく、 Cを活性化しつづけることになる。

・百日咳毒素(PT)の場合
PTは不活化型のNiのみをADP−リボシル化する。この結果不活化型のNiはRに 共役できなくなり、活性型のNiとなることができず、C活性を抑制する作用が遮断され、 結果的にCは活性化されることとなる。

上の図によって比較してみる。
レセプター(R)に結合したアゴニストの刺激は、GTP結合蛋白(NsおよびNi)を 介してアデニル酸サイクラーゼ(C)に伝えられる。NAD存在下で、CTはNs蛋白を、 PTはNi蛋白をADPリボソル化する。これにより、前者では活性型Nsは不活化型へと 変換されなくなり、また後者では不活化型Niがレセプターに結合できなくなり、 結果的に両者ともCを活性化し、細胞内cAMPの濃度を上昇させる。
なお、活性型Ns、Niは、C蛋白の同一部位に反応し、互いに拮抗しあうと 考えられている。

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参考文献および参考にしたホームページのURL

「戸田新細菌学」 森良一 天児和暢 編
「医科細菌学」 吉川昌之介 編集

http://diet.well.oka-pu.ac.jp/microbiology/microbiology-index.html
http://www.cdc.gov/ncidod/eid/vol5no2/schmitt.htm
http://db1.mediagalaxy.co.jp/seikagaku