『コレラ毒素の構造と機能を百日咳毒素とを比較して述べよ』

G−10

98087 山崎あゆむ 98091 吉廣剛

98088 吉岡史隆 98092 吉村香里

98089 吉川和彦 98093 米倉直美

98090 吉武秀一郎 98094 渡辺聡

98095 渡部真吾

 

G.I.O.

疫病というものはいつの時代も場所を問わず、常にわれわれの生活を脅かし続けている。中世ヨーロッパにおけるペストの大流行や、日本でも江戸末期におけるこれらの大流行など、人間の生命を最も多く奪っているのは武器ではなく、これらの毒素を放出する細菌であるかのようにも感じられる。そこで我々は、それらの毒素、および細菌についての理解を深め、将来の医療活動に役立てたいと考えている。

 

S.B.O.

1.コレラ毒素、および百日咳毒素が発見されるに至った歴史的背景について説

明できる。

2.コレラ菌の構造について説明できる。

3.百日咳菌の構造について説明できる。

4.コレラ毒素の化学的構造、およびそのレセプターについて説明できる。

5.百日咳毒素の化学的構造、およびそのレセプターについて説明できる。

6.コレラ毒素の産生のされ方、およびその放出の過程を説明できる。

7.百日咳毒素の産生のされ方とその放出の過程について説明できる。

8.コレラ毒素、および百日咳毒素の相違点について具体的に述べることができる。

9.コレラ毒素、および百日咳毒素の構造を踏まえた上で、これらの毒素が人体に及

ぼす症状について説明できる。

10.コレラ毒素、および百日咳毒素の構造を踏まえた上で、これらの毒素に対する治

療法が説明できる。

 

コレラの歴史と現状

恒常的な浸淫地帯であるインド(バングラデェシュのガンジス川デルタ)から、時には近隣の極東地方に広がりを見せる。19世紀の初頭から6回の世界的汎流行があり、アジア、欧州、米大陸に多数の死者を出す原因となった。これが国際的なパニックに陥れ、1851年にパリで会議を開くきっかけとなって、国際的な公衆衛生上の問題として持ち上がった。

これらの流行は最初に、キャラバン隊、大型商船や軍隊或いは移民の移動による沿岸交通によってゆっくりと引き起こされ、次いで鉄道や船の交通路上に流行が広がった。メッカ巡礼の交通の要衝は急速にその中心となった。コレラ菌はKochによって、1883年エジプトで分離された。

1923年から1960年まで、コレラはインドと稀に極東、および1947年のエジプト(フランスにも小さな流行を見た)に限局されていた。従来のコレラ菌は主要な病原菌であったが、1905年に(メッカの)El Tor検疫所で新たなビブリオ菌が発見され、El Torビブリオとして長い間、害のない菌と考えられてきた。1937年にインドネシアのCelebes(スラウェジ島)で、本菌が真正コレラの原因と判り、病原性の可能性が明らかとなった。後に従来のコレラ菌と同様、病原菌と認められるに至った。

1990年の時点で、コレラは世界で69,631例が報告された。1991年に第7次の汎流行が初めてペルーの海沿いに広がって、出現した。原因菌は生物型がEl Tor型、血清型が稲葉型のビブリオO1 で、アフリカに見られる大半の菌と違い、通常の抗生剤に感受性を示す。このコレラ菌は南米の殆どと中米に急速に広がった。ペルーでは1991年に30万の症例が報告され、3千人が死亡した。汎流行の全容は斯様の如くとなる。

同時にアフリカでコレラの再流行も手伝って、1991年には疫学上1万人を越える死者を記している。

 

コレラ菌 Vibrio cholerae 

グラム陰性桿菌

菌体がコンマ状に湾曲

極単毛(+)、芽胞(-)

アルカリ性の環境で発育しやすく、酸には弱い

O抗原によって160種以上の血清型に分類

   抗原構造の違い

 稲葉型     小川型     彦島型

   生物学的性状の違い

        ・古典型(アジア型) … エルトール型菌よりも劇症

Fig. コレラ菌

 

百日咳菌 Bordetera pertussis

非運動性、無芽胞性の好気性グラム陰性小短桿菌。体長0.20.3×0.51.0μm。多形性を示すことがあり、莢膜をもつ。上皮細胞下侵入性を示す。特殊な培地(グリセリン馬鈴薯血液寒天培地、chocolate agarもしくはBordetGengou培地)でなければ成長しない。 Fig.1は特殊な培地においてコロニーを形成した百日咳菌である。S型コロニーを形成(smooth colony)。また、Fig.2は百日咳菌の顕微鏡写真である。人体侵入後の過程としては

 

気管支粘膜上皮細胞で定着 … 糖鎖をrecepterとして線毛上皮細胞肺胞Mφに付着、侵入、

CR3インテグリンをレセプターとするRGD蛋白認識

 ↓

 Mφ内で長期間生息(病理的変化は生じない)

 

Fig. 百日咳菌のコロニー Fig.3 百日咳菌の顕微鏡写真

コレラ毒素cholera toxin CT

  1. コレラ毒素の産生

Molecular analysis of protein toxins:コレラ菌エルトール溶血毒の活性化機構を例に コレラ菌の産生するエルトール溶血毒は2段階のプロセスを受けて活性化する。二度目のプロセスで切断されるプロ領域は、分子内シャペロンとして機能し菌体内(ペリプラズム)での毒素の立体構造形成に働いた後、菌体外(腸管)で様々なプロテアーゼにより取り除かれ、毒素が活性化される。

 

 

Fig.4 コレラトキシン合成の過程

 

2. 構造と機能

腸菅上皮細胞に定着したコレラ菌は増殖に伴ってコレラ毒素を産生する.菌体外に排出されたコレラ毒素は2つのタンパクから構成されている.すなわち、28kDaの毒素(酵素)活性部分と、8kDaのサブユニットが5個で構成されるBオリゴマーである.ABタンパクは細菌の染色体上にあるctxA,ctxB遺伝子の産物で、両者はオペロンを形成している.Aタンパクは翻訳後、菌自ら分泌するタンパク分解酵素や腸管内のトリプシンによってニックが入りSS結合で結ばれたA1、A2の二つのフラグメントとなる.Bオリゴマーは細胞表面のレセプター、GM1ガングリオシドと強く結合し、コレラ毒素が細胞表面に吸着する役割を担っている。レセプターに結合後、A1-A2間のSS結合はグルタチオン等の還元物質により切断され、A1サブユニットは細胞内に押し込まれる。

Fig.5 コレラ毒素(CT)の模型

Fig.6 コレラトキシンのtransmembraneの様子

 

3. 細菌および細菌毒素レセプターとしての糖脂質

 病原性細菌や細菌毒素が細胞に感染したり毒作用を発揮するためには、先ず、細胞膜表面に結合しなければならない。病原性細菌や細菌毒素が細胞に結合するレセプターは細胞膜上に存在するスフィンゴ糖脂質である。

 細胞膜上の酸性スフィンゴ糖脂質であるガングリオシドをレセプターとして細胞に結合し感染する毒素は数多い。最も良く知られているのはコレラ毒素で、そのレセプターはGM1である。コレラ毒素は毒素本来の生物活性を有するAサブユニットを5個のBサブユニットが取り囲むような構造をしており、細胞膜上のGM1と結合するのはBサブユニットである。BサブユニットがGM1に結合するとともにコレラ毒素の立体構造が変化して、Aサブユニットが細胞の膜から侵入する。Bサブユニットは103個のアミノ酸からなり、GM1との結合にはN末端から88番目のトリプトファンや35番目のアルギニンが関与していることが知られている。毒素原性大腸菌が産生する易熱性毒素も類似の機構でGM1をレセプターとして細胞に結合し侵入する。ガングリオシドをレセプターとする細菌毒素には他に破傷風毒素(GD1b)、ボツリヌス毒素(GT1bGQ1b)、ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)のデルタ毒素(GM2)などがある。赤痢菌(Shigella dysenteriae)が産生する志賀毒素や腸管出血性大腸菌が産生するベロ毒素はアルファー-1,4 ガラビオースを含む中性糖脂質のGa2Cer(ガラビオシド)やGb3Cer(セラミドトリヘキソシド)をレセプターとする。

 一方、多くの病原性細菌もスフィンゴ糖脂質を細胞膜上のレセプターとする。ヒトの尿路感染症を引き起こす大腸菌はアルファー-1,4 ガラビオースを糖鎖の末端に持つ糖脂質(Gb3Cerなど)に結合する。細菌は糖鎖の末端部分のみならず、糖鎖の内部の配列をも認識して結合することができると言う特徴がある。上記の大腸菌はアルファー-1,4 ガラビオースを糖鎖の内部に持つGb4Cer(グロボシド)やフォルスマン抗原などの糖脂質にも結合し、このような分子をイソレセプターと呼んでいる。大腸菌において糖脂質糖鎖との結合は菌体表層に繊維状に分布する線毛を介して行われる。線毛の先端にはアドヘシンと呼ばれるレクチンが存在し、菌種によってI型-アドヘシン(マンノース特異的)、P-アドヘシン(ガラビオース特異的)、S-アドヘシン(シアリルガラクトース特異的)など、特異性が異なるレクチンを持つ。P-アドヘシンは同じアルファー-1,4 ガラビオースを認識する志賀毒素とアミノ酸配列が類似していることが報告されている。皮膚炎を引き起こすプロピオン酸菌(Propionibacterium)は糖脂質糖鎖のラクトース部位を認識して結合する。それ故にラクトシルセラミドに強く結合し、イソレセプターのアシアロGM1GA1)やアシアロGM2GA2)にも結合する。ラクトース部位はほとんどのスフィンゴ糖脂質の糖鎖に共通に存在するので、プロピオン酸菌はそれら全ての糖脂質に結合し得るはずであるが、必ずしもそうではない。脂質部分(セラミド)の一部に水酸基が外れているような糖脂質には菌は結合しない。即ち、脂質部分も結合に関与している。淋菌(Neisseria gonorrhoeae)もラクトース部位を持つ糖脂質に結合する。

 アルファー-1,4 ガラビオースの構造を糖鎖に持つ糖脂質(グロボシドなど)は、アルファー-1,4 ガラビオースの部分がちょうど湾曲した形になっており、凸面状の側が菌体との結合のエピトープになっていると考えられている。最近、腸内で整腸作用を行う有用な乳酸菌もスフィンゴ糖脂質に結合することが見出された。主として中性糖脂質に結合し、ガングリオシドには全く結合しない。

 

 

Fig.7 コレラトキシンのtransmembraneの過程

4. 細胞内でのコレラトキシンの毒性反応

細胞内に押し込まれたA1フラグメントはNADを認識し、そのADPリボース基を切断し、アデニール酸シクラーゼの活性を制御しているタンパクGsα成分にADPリボシル基を転移する。このADPリボシル化により、GsαはGTPase活性を失ない、アデニル酸シクラーゼを不可逆的に活性型になる.制御タンパクはGTP型とGDP型をとり、Gsαの不活化によりGTP型となり、アデニル酸シクラーゼが活性型に留まる(Fig.8).このようなアデニル酸シクラーゼの持続的な活性化のためにcAMPの細胞内濃度が高まる.cAMP上昇から下痢までのメカニズムは十分に明らかになっていないが,cAMPの上昇によってタンパクカイネースの活性化へと導かれ,いくつかのタンパクリン酸化の過程を経た後,イオン輸送に関するタンパクのリン酸化に起因して,腸菅上皮細胞にが蓄積し、管腔側に対する膜透過性も昂進し、主にクリプト細胞から腸菅腔へが分泌され、また、絨毛先端部細胞からのの能動的吸収の抑制を起こるなどして下痢を起こすと考えられている。

Fig.8 細胞内でのコレラトキシンの反応

Fig.9 正常Gs protein リボシル化されたもの

典型的な症例

潜伏期は短く、ふつう2-3日、流行期や大量摂取した場合は数時間、浸淫期では3-7日である。

発症は急激だが、健康な者はすぐ問題が生じない。心窩部の張り、腸鳴、苦悶感があり、次いで通常量より多めの排便から、数回続けて間隔の短い下痢になる。胆汁の混じった嘔吐をする。

最初の1-2時間ほどは臨床上の容態はしっかりしている。便通には仙痛を伴わず、腹部の張りは緩和しないが、患者は疲弊する。便は無色で匂いは殆どなく、はっきりと水様となって、有形便ではなくなる。これは従来から米のとぎ汁様(小粒の塊を含む)と称される。初期に下痢便は噴出するが、次第に疲弊した患者の括約筋から漏れ出るようになり、溢れるほどの量で衣類や移送中に使う茣蓙を汚す。便以外にも嘔吐が特徴的である。最初は抑えられずに突出し、その後患者の口から自然に流出する。吐物はやはり水様で、米粒大の小粒を含有する。消化管からの大量の流出は、数時間で数リットルに及び、全体的な衰弱を引き起こす。患者は水を飲んでも口渇を訴え、四肢から胸腹部に広がる、激しい痛みを伴う筋肉の痙攣を認める。この時点での患者の容態の特長は、意識は明瞭だが、声は嗄れて聞き取れず、やつれた顔貌とどんよりした目とその周りに隈が生じ、眼窩は落ち窪んで、口唇のチアノーゼがあり、体表はねばねばした汗で覆われる。難民キャンプで24時間ほど経過した時点飢餓状態のコレラ患者の容態は、このように見える。脈は速く、しばしば触知出来ない。脈圧は弱く、心音は微かに聴取され、呼吸困難と無尿が認められる。36℃ほどの低体温で悪寒がある。このような古典的な症例では、治療を行なわないと、体液の完全な漏出による虚脱と腎不全で、患者は48-72時間で死亡する。

臨床上見かける症例

多彩な臨床症候のため、戸惑うことがある。下痢は長い経過中に血性となることがあるが、すぐには起こらず、嘔吐は大量でない。体温も平熱か37.5-38℃に上昇することがある。

《乾性》コレラでは、腸管からの体液流出が表面化しなかったり、前駆的な下痢症状があっただけで、脱水が見られる前に虚脱が起こり、突然死を引き起こす。このような症例は比較的多いが、患者は診療所に到着する前に死亡する。

通常の重症型は自然寛解することがある。まず嘔吐が治まり、患者は飲食が可能となって、自ら補液する。下痢は数日間持続するが、利尿が回復して全身状態は改善する。38℃に達する熱発があり、暑くて発汗すれば、予後は良好である。興奮や知覚過敏を伴う二次性の虚脱や神経-脳障害が見られることがある。

良性例は頻繁にあり、発熱のない急性胃腸障害、または普通の下痢を認め、診断は難しい。

コレラに特異的な体質はない。小児は大抵、浸淫状態か流行の末期に罹患し、生命の危険は大人より高い。高齢者は心機能低下か二次性腎不全で死亡することが多い。妊婦はふつう流産する。

診断

《重篤な下痢に続いて嘔吐し、数時間後に死ぬ大人は、殆ど全てコレラである》(Lapeyssonnie)と云われるくらい、他に疑われる疾患は少ないが、初期の症例は所見が全く認められず、診断上問題となることがある。細菌学的診断では常に、衛生状態を考慮に入れた手段が取られねばならない。流行中にこれを行なうのは無駄である。流行の末期では、コレラの診断は、逆に極めて簡単に行なわれる。よく見誤る疾患に、赤痢、サルモネラ症、食中毒、マラリアと、消化管障害を伴う細菌性またはウイルス性疾患が何でも挙げられる。これらの疾患の季節的な再発は、確かにコレラ流行の末期によく見られる。

 

治療

コレラに対する理想的な治療は、設備が整った病院で、患者数が少ない場合には、容易に実施可能と考えられる。しかし数十人かそれ以上の患者が、医療施設の整っていない、仮設の診療所に一度に押し掛けた時には、瞬く間に破綻し、乗り越えがたい困難に直面してしまう。学説では1%とされる死亡率も、最も悲惨な地域では50%にのぼり、10%を下回るまで改善することはないと証明され、隔たりがある。予後は偏に治療の迅速性にかかっている。疾病による混乱は、治療施設の設備による直接的条件と、治療に当たる者の質と量に反比例して起こる。

大量かつ急速な補液と電解質補給を数時間で行なうことが、本症の蘇生となる。乳酸カルシウム入り Ringer-Hartmann液を、重炭酸塩と等張食塩水で混合し、1,000ml 15分で静注し、可能であれば体重の10%に当たる、平均5-6リットルを3-5時間で滴下する。静注で強心剤またはステロイドを佐剤として併用することがある。1時間以内に脈は触知可能となり、虚脱、嘔吐、痙攣は5-6時間で消失するが、下痢は持続する。前述の輸液を、下痢の容態に応じて36-48時間、前よりゆっくり追加投与する。総計で平均8-12リットル必要となるが、下痢が持続する場合、4時間で20-25リットル補液する必要がある。もしも輸液や器具がない時は、嘔吐が治まっていれば、経口で塩、糖、重炭酸塩を投与する。小児に補液を行なう際には、輸液内容に留意し、カリウムは少なめにする。高齢者や心臓病をもつ者では、輸液の速度をやや遅めにする。

 

予防 一般的な衛生上の方法:コレラ対策に必須の手段である。衛生状況が良好な国では、コレラの危険性は限られるが、それが不十分な国では、その危険性は極めて高い。軽症例や不確実な症例、或いは突発的な流行の後では、この方法では予防は不可能である。水または食品を介しての人間同士の伝染が優位な場合、個人の予防が基本となり、次いで環境が問題となる。主要な手段として衛生化を進めておけば、流行に見舞われた際に、そこだけが被害を免れる。伝染の危険がある個人や集団を保護することも肝要の一つである。

アフリカでの経験から明確となったこととして、発生地域の厳重な封鎖、患者の隔離、死体の火葬または監視下の埋葬、消毒(塩素、フェノール、クレゾール、石灰など)は、流行の発生時に治療や政治的な対策と協調して、衛生上の活動として必要になる。治療に当たる者は自己の予防だけでなく、病原菌を拡散しないよう注意を怠らない(白衣や長靴、マスクの着用、石けん・アルコール・ Javel液を用いた消毒)。パニックに陥った患者、接触者、疑診者が逃亡したり、死体の運搬が放棄されたりしない様、十分配慮する。

 

ワクチン:有効性の判定が問題となっている。ワクチンによる免疫は不十分で、1回の注射で50%、2回の注射で60%の者が予防されるに過ぎず、その期間も理論的には6ヵ月、実際には3-4ヵ月に留まっている。従って、個人の予防には殆ど寄与せず、集団の予防に対しても、菌の保有期間を短くしたり、菌の拡散を妨げることはないため、効果には限界がある。かつて、流行時のコレラ患者が50%減少する、とした結果は無視されるほどの例外で、アフリカでの防圧対策に関わった医師たちの見解は、一般的なワクチン接種は1つの流行の兆しを止める力となる、というものである。つまり流行中は定期的にワクチン接種を続けなければならないわけで、しかもこの方法では遠くに疾病が伝播するのを抑えることは出来ない。ワクチン1ml中には死滅した菌が1-10億含有しており、局所と全身への反応は稀(微熱、倦怠、頭痛)で、危険はない。ワクチンは皮下注または筋注で投与するため、 Ped-O-Jet(ピストル型連続注射器)の使用が可能で、大人数に接種するときに大変重宝する。皮内注射は耐忍性がより高く、ワクチン量を節約出来る利点がある。経口ワクチンは Pasteur研究所で開発中で、2錠を7日おいて2回服用する。免疫持続期間がずっと長く、より効果があると考えられる。 

 

百日咳毒素 pertussis toxinPT

  1. 百日咳毒素の産生のされ方

PTは、百日咳菌の外部の温度が37以上になると産生される。大気の平均気温を約25とすると、この温度では百日咳菌の細胞膜に存在する膜タンパクであるBvgSは活性化していないため何の効果もないが、周囲の温度が37℃の変化するとBvgSが自動的にリン酸化される。リン酸化されたBvgSは、活性になり、細胞質中に存在するタンパク質BvgAをリン酸化する。このことが、直接的、あるいは間接的にBvgSBvgA,繊維状赤血球凝集素Fha (filamentous hemagglutinin),線毛piliの転写を活性化させる。この状態において、Fhapiliの遺伝子の転写が活性化されると、そのことがPTとアデニルシクラアーゼ(Acase)の遺伝子を活性化させ、毒素が産生されるのである。(Fig.3参照)ちなみに、百日咳菌は繊毛を使って気管支上皮に付着し、そこで増殖する。

 

Fig.10 百日咳菌における百日咳毒素の産生

 

 

2.百日咳毒素の構造

PTS1〜S5のサブユニットがS42個もつ6個のサブユニットからなる分子量105kdのタンパクであり、I相菌から菌体外へ分泌される。毒性成分はS1サブユニットであり、NAD依存性のADP-riposyltransferase活性を有し、GTP結合タンパクの1つGi(inhibitory G protein)ADPリボシル化する。S1以外のサブユニットがレセプターに結合する成分であり、S2-S4成分とS3-S4成分とがS5によって結合されている。

Fig.11 百日咳毒素の構造

3.百日咳毒素のレセプター

Fig.12 百日咳毒素が宿主細胞内に入る大まかな過程

@百日咳毒素が宿主細胞の細胞膜に到達、結合する。

A膜を通した輸送。Subunit Bが毒性成分であるSubunit AS1)が膜内に入るための基点となる。

B毒性成分であるS1が細胞内に侵入に成功した。Subunit Bは細胞内には入らない。

C細胞内での反応によって毒性成分S1が活性化してPTが発現する。症状としてはリンパ球増多、低血糖などを引き起こす。

 

Fig.13 更に詳しく見た毒性細胞の膜通過の様子

1.)百日咳毒素は細胞膜表面のシアロ蛋白の糖鎖をレセプターとして細胞膜表面に結合する。

その際結合するのは、Subunit Bである。その後、毒素の構造に変化が起こり、2.)が

起こる。

2.)Subunit Bに結合しているSubunit Aが細胞内に侵入する。

3.)ジスルフィド結合が開裂還元したことにより、チオエステル結合を作ることのできる基

を手に入れたSubunit Aは活性化する。

4.)細胞内の毒性反応により毒性が発揮される。

 

  1. 細胞内での百日咳毒素の毒性反応

Fig.14 細胞内での百日咳毒素の反応

 

百日咳毒素のSubunit Aが宿主細胞内に進入すると、アデニルシクラーゼの不活性さを司っていたGi proteinと呼ばれる特殊な阻害Gタンパクの酵素的ADPリボシル化を仲介するようになる。ADP−リボシル化されたGi タンパク(ADPR-Gi)は宿主細胞のアデニルシクラーゼの活性化に対する阻害能力を失っている。アデニルシクラーゼが活性になると、AMPはcAMPに変換され、感染した宿主細胞内で増加する。細胞内のcAMPの濃度が上昇すると、細胞外浮腫を起こしたり、好中球の食菌作用を阻害するようになる。(Fig.12Fig.13参照)

 

百日咳の症状

好発年齢は2歳以下で、潜伏期間は約1週間である。病態にはカタル期、痙咳期、回復期の3つの段階がある。年少の子供ほどひどくなる。菌は血中へは侵入してこないものの、気道で炎症を起こし、気管支上皮の線毛の動きを抑制し、その結果気道分泌物の貯留が増加する。まず、気管や気管支が冒され、気管、喉頭、鼻咽頭へと拡大する。

1カタル期

 はじめの1-2週間は鼻汁、軽い咳など感冒と区別がつかないが、次第に咳が強くなる。

2痙咳期

 短い連続した咳が「コンコンコン」と510回発作的に続き(スタカット)、その後「ヒィー」と息を吸い込む発作(ウープ)を繰り返す。この繰り返しをレプリーゼと云い、百日咳に特有とされている。レプリーゼは夜間に増悪することが特徴である。連続性の激しい咳嗽が発作性に起こり、息を吸う間がないため、静脈圧の亢進によって顔面の紅潮、眼瞼浮腫、顔面の点状出血及び眼球結膜の出血等が現れる。新生児期から乳児期早期にかけては特有の咳が見られず、突然無呼吸発作やチアノーゼ発作で現われることが多い。合併症を伴わない限り発熱はない。咳嗽発作の無いときは全く正常の状態であることが他の気道疾患と異なる。脳症を起こし、重い後遺症を起こすことがある。この激しい咳発作の回数は次第に減少してくるが、多くは2ヵ月程残る。

3回復期

 1週間ほど続く。咳の程度も回数も次第に軽くなり、軽快していくが、1年以内は感冒などに罹ると発作性の咳が認められる。

 

 

治療:

1 抗生物質の投与。静注用ガンマグロブリン、免疫ヒトグロブリンの初期注射が有効。早期投与が大切である。

)3種混合ワクチン(DPTワクチン)、百日咳トキソイドと線維状ヘマグルチニンからなる成分ワクチンによる予防接種が有効である。

 

 

コレラ毒素と百日咳毒素の違いについて

Fig.15 アデニル酸サイクラーゼの調整

1.)両方とも、宿主細胞の正常なシグナル伝達を妨げる酵素であることにはかわりはない。

しかし、コレラ毒素はNADからGのαサブユニットへのADP−リボースの転移を触媒して、αサブユニットへのGDPase活性を阻害し、活性化状態を永続させる。その結果、小腸上皮細胞のアデニル酸サイクラーゼの持続的活性化が起こり、生成した高濃度のcAMPが、Cl,HCO3水を持続的に小腸内空に分泌させる。

これに対して、百日咳毒素は、ADP-リボシル化を触媒して、GDPによるGDPに置換反応を阻害し、Giによるアデニル酸シクラーゼの阻害を抑制する。

2.)構造として大きく異なることは、コレラトキシンはSubunit A2種類持っているに対し、百日咳毒素は一つしか持っていないことがある。コレラトキシンは宿主となる細胞に進入する際に、S-S結合をSubunit A間で行ってそれを架橋として進入するのに対して、百日咳毒素は進入した後にS-S結合を開いて活性化のみに利用している。

 

 

 

参考文献

1.)レーニンジャーの新生化学(上)、(下)

2.)医科微生物学

3.)戸田新細菌学

4.)細胞の分子生物学 第三版

 

 

参考にしたホームページのURL

1.)http://www.Glycoforum.gr.jp/indexJ.html

:糖脂質、糖タンパクなど、糖に関する研究がわかりやすい図入りで示してある。

2.)http://www.meddean.luc.edu/lumen/DeptWebs/microbio/med/review/b-pert.htm#tent

:シカゴのLOYOLA大学の百日咳菌、およびその毒性に関するページ。

3.)http://www.amda.or.jp/contents/database/4-4/_index.html

:たいして使わなかったが、一応のせておく。コレラについて。

4.)http://diet.well.oka-pu.ac.jp/microbiology/microbiology-index.html

:コレラ菌、および毒素について非常にわかりやすい。一番のお勧め。

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