マラリアとは

 

 マラリアは、熱帯病のなかで最大の感染者を有する原虫感染症であり、熱帯地域全体に広く蔓延しているだけでなく、温帯の多くの地域で発生している。マラリアは病気と死という大きな負担を、特に流行地の児童達に課している。さらに、マラリアは先進国からのビジネスマン、観光旅行者、および移民を危険にさらしており、マラリア患者の移入(輸入マラリア患者)はヨーロッパや北米などの非流行地でしだいに増加している。急激に経済発展をとげている辺境の発展途上国でしばしば大流行する。薬剤耐性マラリア原虫、および殺虫剤耐性媒介蚊の世界規模での拡散につれて、マラリアの治療とその制圧は困難になっている。

マラリアの病原体:

プラスモジウム(Plasmodium)属に属する単細胞の原虫.次の四種の原虫がヒトに感染する。

 

これらの原虫を媒介するハマダラカに吸血されることによって、感染する。

 

 

マラリアの病態

臨床症状は,第1章で述べたように,40℃を超えるような高熱を発し,熱帯熱を除いてはそれが周期的であることが第一の特徴である。しかし,マラリアには診断の決め手となるような特異的な臨床症状はない。高熱や震えはエンドトキシンに典型的な症状であって,マラリア以外にも腸チフスやグラム陰性菌の感染でも起こりうるし,逆に,年齢,免疫の状態,総合的な健康状態,栄養状態,原虫の地理的起源などによって,同種の原虫の起こしたマラリアでも臨床症状は大きな多様性を示す。三日熱や四日熱では発熱の周期性が決め手となりうるが,熱帯熱では周期性もないので,結局,確定診断には,現在でも厚層塗沫標本を用いている。熱帯熱マラリアが悪化すると,脳性マラリアや他の合併症を引き起こす。合併症としては,重度の貧血(診断基準: ヘマトクリットが20%未満あるいはヘモグロビンが7.1 g/dl未満),黄胆(診断基準: 血清ビリルビンが50 μmol/lを超える),低血糖(診断基準: 全血グルコースが40 mg/dl未満),低血圧とショック症状,乏尿(診断基準: 24時間の尿量が400 ml未満かつ血清クレアチニンが3.0 mg/dlを超える),酸性血症,肺水腫などがよくみられるものである。

 

なぜ熱帯熱マラリアの方が三日熱よりも一般に症状が重いのかということに関しては,熱帯熱原虫は赤内型無性生殖サイクルの共時性が弱く,熱が引くことがないから,という伝統的説明がなされてきたが,最近,ClarkCowdenによって興味深い仮説が提唱された(Clark and Cowden, 1999)。熱帯熱マラリア原虫の方がサイトカインによって誘導される誘導性NO合成酵素(iNOS)が多いため,それによって生成されるNOも多くなり,虚血性のhypoxia(低酸素血症)になって腎不全や肺浮腫のような重篤な合併症を引き起こしやすくなるというのである。まだ証拠は十分ではないが,今後の検証が期待される。

 

WHOによれば,重症熱帯熱マラリア("severe falciparum malaria")は,潜在的に死亡の可能性がある強さで熱帯熱マラリア原虫の無性世代が血液中にみられる(末梢血の5%を超える,すなわち赤血球数が正常だとして1 μlあたり250,000以上の原虫がいる)患者,あるいは他の診断が除外されている場合のマラリアの合併症として定義されている。これらの患者は非経口(訳注:parenteral。皮下注,静注,筋注などをさす)化学療法を含む特別な管理を必要とする。この状態では経口投薬はしばしば嘔吐されるからである。

 

日本人や欧米人の旅行者が熱帯熱マラリアに感染すると,免疫が無いので致死率が25%に達するといわれているが,三日熱や四日熱の場合は,適切に治療すればまず命にかかわることはない。

 

一般に,病理学的には,中枢神経系,骨髄,肝臓,腎臓,肺,脾臓,心臓,腸管に下記のような組織的病変が見られ(Bradley et al., 1990),生理学的にも顕著な変化がおこる。

 

 

 

中枢神経系

死後組織検査によれば,中枢神経系のうち,脳にしばしば水腫がみられている。小血管は,とくに灰白質ではマラリア色素を含む感染赤血球でつまっている。このことから,脳の切断表面は,鉛色かスレート色をしている。原虫の多くはシゾントあるいは他の成熟型である。太い血管では,原虫に感作した赤血球は血管内皮(endothelium)にそって一層になって存在する(margination)。脳血管の赤血球の70%までが原虫に感作しており,それらは他の器官でよりも密に血管につまっている。マラリア患者の脳血管内皮は,原虫感作赤血球に対していくつもの偽足をのばしている。感作赤血球表面のノブ状の隆起が,血管内皮への付着点である。白質には多くの点状出血がみられる。それは,感作赤血球とフィブリンからなる塞栓に近い,動脈端からの出血の結果である。近年得られた証拠によれば,フィブリンの集積は感作赤血球の細胞凝集性によって起こる毛細血管の障害には寄与せず,それはおそらく二次的な現象である。血管周辺の神経の破壊,ミエリン消失,Durck小体(マイクログリア細胞の小さな固まり。uは本当はウムラウト付き)形成の原因ははっきりしていないが,これらも,点状出血や脳水腫と同様,瀕死の状態での脳の酸欠の結果かもしれない。脳血管内および周囲に炎症を起こしている細胞はないし,免疫複合体の集積があるという証拠もない。

 

 

 

骨髄

骨髄では,骨髄性細胞の赤血球性細胞に対する比が低いか正常のままで,細胞充実性(cellularity)が上昇する。タイと西アフリカでは造血機能低下が報告されている。マラリア色素と原虫は,末梢血中にみられないときでさえ,骨髄の単球と食細胞には見つかることがある。赤血球食細胞増加症(erythrophagocytosis)がよくみられる。粒子状の鉄が多く,担鉄赤芽球(sideroblast)数は,回復期よりも原虫血症の間の方が低い。巨核球(血小板母細胞(megakaryocyte))は正常のようである。

 

 

 

肝臓

マラリアに感染すると,肝臓は肥大し,茶色か灰色,あるいは黒色にさえなる。クッペル細胞は肥大してマラリア色素を含むようになる。肝細胞は一般に正常で,低血糖の患者でもたいていはグリコーゲンを含んでいる。小葉中心性壊死(centrilobular necrosis)が初期の報告にあったが,最近は確認されていない。門脈路でのリンパ球の浸潤が報告されており,これは熱帯脾腫症候群(tropical splenomegaly syndrome)と関連している。

 

 

 

腎臓

急性の尿細管壊死(tubular necrosis)が,(「黒水熱」はある場合もない場合もあるが,)急性腎不全で死亡する熱帯熱マラリア患者の第一の異常である。感作赤血球は,糸球体内皮に密着してみつかる。さまざまな急性および慢性の糸球体の病変が報告されているが,それらの重要性やマラリアとの関連ははっきりしない。慢性のものでは,四日熱マラリア性ネフローゼ(quartan malarial nephrosis)が知られている。

 

 

 

マラリアで死亡した患者では,たいてい,肺には水腫が多くみられる。肺毛細血管と細静脈は,好中球や単球を含む炎症を起こした細胞で充填され,血管内皮は水腫が多く,毛細血管の内腔を狭くする原因となる。間質性水腫も存在する。気管支肺炎(bronchopneumonia)もよくみられる。

 

 

 

脾臓

脾臓は肥大し,鬱滞し,灰色がかった黒色を呈する。赤血球とマラリア色素をとりこんだ,多くの食細胞がみられる。熱帯脾腫症候群については後述する。

 

 

 

心臓

心筋炎(myocarditis)の証拠はない。心内膜下や心外膜の出血もあまりみられない。しかし,小さな心筋の血管は,充填状態ではないものの多くの感作赤血球を含んでいる。

 

 

 

腸管

腸は,鬱滞しているようにみえる。粘膜の潰瘍化(ulceration)が報告されており,空腸(jejunum)などの粘膜固有層(lamina propria [mucosa])の毛細血管は,感作赤血球で充填されているらしい。