*志賀毒素について*
志賀赤痢菌がマウスなどの小動物に対する致死毒を産出することは、志賀潔が1897年に赤痢菌を発見した数年後に、既に報告されている。この毒素が赤痢赤痢の際の神経症状の原因であると考えられる。
志賀毒素をウサギに注射すると四肢に麻痺が起こり、下痢を伴って死亡する。志賀毒素に対する動物の感受性は、動物種によって相当の差があるが、ボツリヌス毒素、破傷風毒素とともに、ヒトに最も強い毒性を示す細菌性蛋白毒素の一つであると考えられている。
志賀毒素は、コレラ毒素などと同じように、A、B二つのサブユニットから構成されていて、AサブユニットはRNA N−グリコシダーゼ活性を有している。この酵素活性により、動物細胞の60Sリボソーム亜粒子を構成する28SリボソーマルRNAの5’末端から4324番目のアデノシンのグリコシド結合を加水分解し、アデニンを遊離させる。その結果、60Sリボソーム亜粒子へのEF−1依存性アミノアシルtRNAの結合を阻害し、ひいては細胞の蛋白質合成を阻害する。
1982
年にアメリカで起こった食中毒事件の際に、Vero細胞に対して細胞毒性を示す毒素(Vero毒素)を産出する新しい下痢原因菌、腸管出血性大腸菌が発見された。腸管出血性大腸菌感染症の際には、単なる下痢を起こすばかりでなく、出血性大腸炎や、症例によっては致死率の高い溶血性尿毒症症候群を続発する。腸管出血性大腸菌が産出するVero毒素は、大きく分けてVT1とVT2の2種類がある。このうちVT1は志賀毒素とA,B両サブユニットのアミノ酸配列ばかりでなく、遺伝子の塩基配列もまったく同一である。言い換えれば、志賀赤痢菌と腸管出血性大腸菌は全く同一の毒素遺伝子をもっていることになる。一方、VT2は、志賀毒素と遺伝子の塩基配列およびアミノ酸配列は50%~60%の相同性しかないが、作用はVT1と全く同一である。Vero毒素を志賀毒素様毒素とも呼ぶのは、これらの同一性および類似性が理由である。
VT1
は志賀毒素と分子構造が同一であることから作用機構も同一であるのはもちろんであるが、VT2も志賀毒素と同じRNA N−グリコシターゼ活性により28SリボソーマルRNAの同じアデノシンのグリコシド結合に作用し、その結果、蛋白質合成を阻害する。志賀毒素もVero毒素も、上述のように作用機構が分子レベルで明らかとなっているが、これらの毒素による蛋白質合成阻害活性が、赤痢菌や腸管出血性大腸菌の感染の際の症状とどのように結びつくかは、まだわかっていない。