トキソプラズマ

 

●トキソプラズマとは 

トキソプラズマ症は、人獣共通感染症zoonosisで、他種の動物に感染がみられる。ネコ科の動物の腸上皮で有性生殖を行い、その結果糞便中に排出されたオーシスト、食肉中の嚢子の経口摂取により感染が起こる。妊娠中の感染は、胎盤を通して胎児感染を起こし、流早産、死産、または先天性トキソプラズマ症の原因となる。

 近年、エイズをはじめとする免疫不完全患者で急性感染による重症例、また慢性感染の再燃が問題となっている。診断は主として血清検査により行われるが、結果の診断、治療、さらに臓器移植患者など免疫不全状態における感染と再発の予防は慎重に行われる必要がある。

 

●概念

トキソプラズマは、1908年北アフリカのヤマアラシから見出された原虫で、胞子虫類に属する。鳥類、哺乳類に広く見いだされ、種々の病害を起こす。トキソプラズマには、タキゾイトとブラディゾイドという無性生殖を行う型の存在が知られていたが、1969年ネコ科の動物を終宿主とし、その腸上皮で有性生殖を行う型の存在が明らかとなり生活史の全容が解明された。

1923年、プラハの眼科医Jankuは、先天性の水頭症と寄生虫性の嚢子を見出して報告したが、この寄生虫は1928年Levditiがトキソプラズマであることを認めた。本例が十分に記載された人型トキソプラズマ症の最初の報告とされる。

臨床的には無症状のこともあるが、また発熱及び肺、肝、脳、リンパ節ないし目の障害を伴うこともある。母体の妊娠中に感染が起きると、流産を起こしたり、胎児が垂直感染を受けることが知られている。近年、エイズの蔓延とともに、慢性トキソプラズマ症が再燃して、脳炎症状を呈するものが増加し、特にアメリカなどで問題とされている。感染は、ネコの糞便中に排出されるオーシスト、感染肉中に存在する嚢子、あるいはまれに血中の栄養型によって起こる。

 

●病原体

 トキソプラズマは、分類上、胞子虫類、コクシジウム亜綱に属し、生活環の中にタキゾイト(栄養型)、ブラディゾイド(嚢子)およびオーシスト(卵嚢子)の3型がみられる。

 タキゾイト(栄養型)は、長径4~8μm半月形ないし楕円形方の虫体で、一端が他端より細くとがり、核は虫体の中央に位置している。この型の原虫は感染の急性期に見られるが、この間、哺乳動物のあらゆる細胞に侵入し、そこで増殖を行う。増殖は二分裂法によっても行われるが、内生出芽と呼ばれ、親細胞の中に二個の娘細胞が生まれて成長し、親細胞の破壊によって分離するという特殊な方法もとる。分裂は、6~8時間ごとに繰り返されて最終的にロゼットが形成され、細胞が虫体でいっぱいになるとこれが壊れて隣接する細胞に侵入し、あるいは食細胞に取り込まれる。

 プラディゾイトは、トキソプラズマのいわゆる嚢子の中にみられるもので、タキゾイドと比べて、分裂速度の緩やかなものをさす。トキソプラズマの嚢子は脳、心筋ならびに骨格筋に認められることが多い。嚢子の大きさは様々で数個の原虫を含む小さなものから数千個の原虫を持った直径200μmほどのものまである。脳の中の嚢子は球形であるが、筋肉内では紡錘形の形をしている。プラディゾイトは嚢子中で宿主が死ぬまで生存すると考えられ、他の動物の接触によって感染を起こしたり、また宿主が免疫不全状態となった時にトキソプラズマ症の再燃が起こる。

ネコ科の動物の腸上皮で有性生殖が行われた結果、オーシストが形成される。この有性生殖の過程はHatchisonらによって明らかにされた。彼は1967年、トキソプラズマに感染したネズミを食べたネコの糞便中に感染源となる原虫か存在することを証明し、当初これは根っこ海中の虫欄により伝播されると考えられていたが、1970年、この考え方は配され、猫かの腸上皮で行われる有性生殖の結果形成されるオーシストが糞便中に排出され、これを経口的に摂取した動物に新たな感染が起こることが明らかにされた。これによって、トキソプラズマの生活環の全容が明らかとなり、本原虫の分類学上の位置も明確になると同時に、それまでミステリーをされていた羊などの草食獣がトキソプラズマに感染している理由もわかったのである。

 

●病理

 トキソプラズマによる感染は、通常経口的に起こる。動物実験で大量のオーシストないし組織中の嚢子を与えると腸炎症状を呈するが、ヒトの感染においては腸炎の所見は見られない。腸壁を通過した原虫は、リンパ管を介してリンパ節へ、また血管に乗って肝、肺その他の部分に運ばれる。抗体の生産は感染後1~2週でみられる。組織の障害を起こすメカニズムとして、壊死、遅延型反応、アレルギーⅢ型の反応及び梗塞の四つが知られている。

 急性感染においては、タキゾイトはマクロファージを主としてあらゆる有核細胞中で増殖して宿主細胞を破壊し、更にこれが隣接する細胞に侵入することにより壊死を起こす。原虫の分裂は5~8時間ごとに起こり、16から22個の原虫があれば細胞は破壊される。その後宿主の免疫機構が確立されるまでかなりの細胞の破壊が起こる。

 重篤な障害は横紋筋、中枢神経系、心臓にみられる。嚢子形成も見られる。リンパ節において壊死はなく、構造は保たれ、網様細胞の増殖、組織球の胚中心への浸潤が認められるが原虫は殆ど見られない。

 エイズその他の免疫不全者では初感染の場合、全身性の病変が見られる。しかし、慢性感染の患者で休止期にあったトキソプラズマ虫体が活動を再開した場合、脳、肺などの標的病変が通常一つの臓器に限って認められ、局所には多数のタキゾイトが存在する。血流を介しての播種血流抗体によって抑止されていると考えられている。

 慢性感染では、主として脳、網膜、骨格筋並びに心臓において嚢子が形成され、その中に多数のブラディゾイドがみられる。嚢子が破壊されると、Ⅳ型のアレルギー反応が起こり、その結果組織壊死と慢性の炎症所見を呈する。

 先天性感染は母体の胎盤感染に続いて起こる。感染した胎盤には絨毛の巣状変化とともに、被包脱落膜に慢性炎症所見がみられる。胎児の感染は全身性のこともあれば、中枢神経に限局して起こることもある。全身性病変には、肺炎、肝炎、心筋炎を伴うことが多く、病変部に単核球の湿潤と、その周辺にタキゾイドが見られ、究極的には繊維化を起こす。中枢神経系の病変では、ミクログリアの結節、小さな梗塞の散布と脳室周囲の壊死が起こる。脳の感染が広がると最終的には脳室の上衣に感染が及び、脳室系において炎症が拡大する。その結果、閉鎖性の上衣炎と水頭症をきたす。トキソプラズマ抗原が、上衣潰瘍より滲出して抗体と反応し、血管中に梗塞を起こし脳室周囲の壊死が起こる。これはⅢ型のアレルギー反応によるものと解されている。壊死を起こした脳室周囲に石灰化を呈し、これがX線像で認められることもある。

 

●臨床症状・検査

 トキソプラズマ感染の大部分は無症状に経過する。無症状のもの、及び症状を有しても急性感染の時期を過ぎて回復したものは、慢性感染の状態で長時間持続するのが普通である。

 

トキソプラズマ嚢子またはオーシツトを摂取したあと、潜伏期間は1~2週間である。発病は通常、不定の症状を持って徐々に起こる。やがて発熱、倦怠、頭痛リンパ節の腫脹、筋肉痛、頸部のこわばり、食欲不振、咽頭痛および関節痛をきたし、また時に斑点状丘疹、じんましん、肝脾腫あるいは錯乱状態を呈する患者もみられる。急性トキソプラズマ症ではリンパ節の腫脹は最もしばしば見られる症例であるが、好発部位は頸部である。後頭下、鎖骨上、腋窩、鼠径部などのリンパ節腫脹が見られることもある。触診でリンパ節は融合せず、孤立性で硬さや圧痛は見られない。また急性感染では脈絡網膜炎はめったに見られない。検査所見では白血球は正常または減少、しばしばリンパ球増加、単球増加が見られるが非定型細胞を見ることはめったにない。長期にわたると貧血をきたす。リンパ節生検では細網細胞の増加、またときにトキソプラズマの嚢子がみられる。

 

母親の妊娠中にトキソプラズマの初感染を受けた場合、流産、死産、早産あるいは先天性トキソプラズマ症の子供を出産することがある。妊娠前に母親が感染した場合、防御免疫が成立しているため胎児に影響を起こすことはない。新生児トキソプラズマ症の発現は、胎児が子宮内におけるいかなる時期に感染を受けたかによって違いが見られる。

感染した新生児の示す全身症状としては、肝脾腫、黄疸、発熱、貧血、リンパ節疾患、肺炎及び皮疹など、また中枢神経系の症状として髄液の異常、脈絡網膜炎、痙攣、脳内石灰化、小頭症などがみられる。これらの症状を呈する幹事の経過観察によれば、数年後までに一部は志望、また一部は正常の所見を呈するが、大部分のものに精神薄弱、痙攣、痙性麻痺、重度の視力障害、脳水腫ないし小頭症および難聴をきたす。肝脾腫およびリンパ節症は通常2ヶ月以内に、中枢神経系の損傷所見は数ヵ月後に認められるが、精神運動障害、学習障害、難聴および脈絡網膜炎の症状は数年間発現しないこともある。

 

脈絡網膜炎は先天性感染、後天性感染のいずれにも発生しうるが、大部分は先天性感染に由来する。特に年長児、成人では急性感染の後に脈絡網膜炎に進行するものは稀である。先天性感染では主として両眼性、無痛性で網膜に巣状の壊死性変化をきたす。急性時には綿状で不鮮明な境界が見られるが、急性の病巣は灰白質で境界鮮明、脈絡膜の色素の集積により斑点状にみえる。視力障害、暗点、流涙のほか、網膜浮腫、視神経炎、虹彩網様体炎、またまれに汎ぶどう膜炎などを伴うことがある。重症の先天性トキソプラズマ症では小眼球症、斜視、白内障も見られる。炎症は通常数週間から数ヶ月の経過でおさまるが、時に進行性、反復性の経過をたどり、緑内障、失明に至るものもみられる。

 

近年、免疫不全症患者で、トキソプラズマ症は発病と死亡の重要な原因として認められるようになった。白血病、臓器被移植者は本感染症が重症化し、死亡の原因となる危険性をはらんでいる。特にエイズ患者では重症化する症例が多く認められえている。

慢性感染の再燃と重症初感染の2例が見られる。再燃の場合、中枢神経系が侵されやすいことがよく知られており、脳炎などを起こすものが多く、脈絡網膜炎、心筋炎、肺炎などはまれにみられる。巣状の病変で、しばしば、膿瘍や腫瘍に似た所見を呈する。初感染は自然感染、心移植、白血球輸血などによっておこるが、この場合、急性・後天性感染で見られる全身性の病変を伴い多数の臓器障害が強く発現する。

 

●診断・鑑別診断

 

トキソプラズマ症に特異的な症状はない。肝脾腫、リンパ腺の腫脹、斑点状発疹などのほか、眼、中枢神経の異常を起こす多くの疾患との鑑別が必要となる。

リンパ腫、サイトメガロウイルス感染症。伝染性単核症などが鑑別の対象となり、全身性トキソプラズマ症では、上記疾患を含む諸種発熱疾患との鑑別が問題となる。眼トキゾプラズム症では、網膜芽腫、または免疫不全でみられる脳トキソプラズマ症はウイルス性脳炎、脳腫瘍に似た症状を呈することがある。診断は実際上、血清学的検査の結果をもとに行われることがほとんどであるが、稀に組織、血液、髄液などの培養でトキソプラズマ原虫が分離されたり、また骨髄穿刺液、脳脊髄液の沈渣などから直接原虫が同定されたり事もある。しかしトキソプラズマ感染においては、嚢子の形成は急性期の比較的早い時期に起こるが慢性期あるいは無症状の患者でも持続的に存在することから、嚢子の検出が必ずしも原病の原因を示しているとはいえない。胎盤、新生児よりの嚢子の検出は、もちろん急性感染によるものであることを示している。血液ないし体液から原虫が分離された場合には、急性感染と推定される。

組織のスタンプ標本では、タキゾイトはギムザ染色でよく染まる。蛍光抗体法もこれに適している。病理組織標本ではHE染色が良い。嚢子はグリコーゲンを含み、そのためPAS染色標本で明瞭にみられる。

血清学的診断法はSabin-Feldman色素試験、間接蛍光抗体法、ラテックス凝集反応、などがあり、患者の血液、脳髄液その他の体液を用いて行うことができる。

 

●治療・予後

成人の急性感染でトキソプラズマ症の臨床症状を示す場合、眼の活動性病変が見られる場合、症状の有無に関わらず先天性感染が認められた場合、並びに免疫不全症でトキソプラズマ症に適合した症状を示す場合が治療の対象となる。健康な成人では高い抗体価を認めても治療の対象とはしないが、妊娠中の母親が感染した場合の治療については胎児感染の可能性が三分の一であることと、薬物の胎児に対する影響から賛否両論がある。

化学治療薬としては、サルファ剤とピリメタミンの併用療法またはスピラマイシン芽用いられる。目トキソプラズマ症に対してサルファ剤とピリメタミンとともに抗炎症性ステロイド剤が併用されることがある。免疫不全のない成人では予後は良好である。胎児および乳幼児の急性感染では、脈絡網膜炎の続発をみることがある。免疫不全症では早期治療により改善がみられるが、再燃をきたすことが多い。感染児を出産した場合でも次回からは児の感染はない。

 

●予防

トキソプラズマ原虫のオーシストは土中で一年以上生存することがある。ネコの糞便で汚染された可能性のある土と接触した後は手洗いを励行する。妊娠中および乳幼児には、このことを特に注意する。

食肉は66℃以上の過熱、-20℃、24時間の冷凍で原虫の嚢子は死滅する。

ネコの寝床などを掃除する場合は、なるべくゴム手袋を用いる。

 

、<参考文献>

『真菌・寄生虫感染症』 渋谷敏朗 中山書店