化学走化性とは何か?

担当 竹内

 

1.化学走化性とは

化学走化性とは、化学走性、走化性などとも言い、ある化学物質の探知に際して、それが誘引物質であればその物質の存在する方向へ移動し、逆に忌避物質であればその物質から遠ざかるように移動するという性質のことである。ちなみに、走化性のほかにも、特定の温度により生じる走熱性や光によって起こる走光性などがあり、これらを総じて、ある特定の刺激に対して近寄ったり遠ざかったりするような性質を走性という。

 

2.化学走化性の例

大腸菌における走化性発現のメカニズム

大腸菌は4〜8本のベン毛を有しており、これが反時計回りに回転するとベン毛は束を形成して菌は直進遊泳し、逆に時計回りに回転するとこの束は形成されずに独立に回転するので菌はタンブリング(tumbling)と呼ばれる遊泳をして方向転換をする。

 ベン毛の運動は、細胞膜にあるモータにあたる部分によるが、エネルギーはATPにより直接得るのではなく、細胞質膜内外の水素イオンの電気化学的ポテンシャル差が利用されている。

 菌は遊泳中、刺激物質の空間的濃度勾配を時間的濃度勾配として記憶し、各時点での濃度を比較することにより、ベン毛の回転方向を変えタンブリング頻度を変化させている。

 すなわち、誘引物質(attractant)の濃度が空間的に変化するような濃度勾配下では菌の進行方向が高濃度側になると反時計回りにベン毛を回転し直進遊泳を行い、低濃度側になると時計回りにベン毛を回転してタンブリングにより方向転換を行う。そして濃度勾配を逆登るように遊泳する。

 一方、忌避物質(repellent)では、濃度が低下する向きの場合は直進遊泳し、上昇する場合はタンブリングを繰り返して忌避物質の濃度の低い場所へ移動する。

Adler らは、誘引物質を詰めた毛細管を用いて大腸菌が誘引される様子を観察し(写真1参照)、毛細管の一方を封じることにより、この中へ誘引される菌数は誘引物質濃度に依存することを示した。彼らは同様の手法により、誘引あるいは忌避物質にかかわりなく、刺激物質そのものが走化性を引き起し、数多くの刺激物質に対応して独立に検出可能な化学感覚器(chemosensor)が存在することを証明した。

 この感覚器はリセプターと刺激物質がそのリセプターに結合したときに生じる情報を、細胞膜および細胞質内の走化性に関係する成分へ伝達するシグナラー(signallar)との2つの成分からなっている。

Adler らの報告によれば、誘引物質に対応する化学感覚器としては、フルクトース、ガラクトース、マンノース、マルトース、マニトール、リボース、トレハロース、ソルビトールなどの糖類、アスパラギン酸、セリンなどのアミノ酸に対応するものがあり、忌避物質に対応するものとしては、脂肪酸、アルコール、疎水性アミノ酸、インドール、低または高pH、硫化物などに対応するものがある。糖のリセプターは細胞外層膜と細胞膜にはさまれたヘリプラスムにあり、マルトース、リボース、ガラクトースのそれぞれに対応するMBP、RBP、GBPと呼ばれるものが知られている。ガラクトースによる誘引は必ずしも糖が細胞内に取り込まれる必要はなく、リセプターに結合するだけで、走化性を生じる情報となり得る。

 一方、アミノ酸のリセプターは、細胞膜結合性蛋白であり3つの遺伝子が知られている。これら遺伝子は先に述べた糖と対応したリセプター結合体のリセプターでもあり、tsr はセリンとスレオニンおよびほとんどの忌避物質、tar はアスパラギン酸とマルトース、trg はリボースとガラクトースに対応する。そしてこれら遺伝子により産生された物質は分子量6万前後の蛋白で原形質に存在する。

 そしてこれは刺激物質の濃度変化に対応してメチル化あるいは脱メチル化されることからメチル受容走化性蛋白(methyl accepting chemotaxis protein, MCP)と呼ばれている。

 刺激に並行してtsr, tar, trg それぞれの遺伝子が持つメチオニン残基からメチル基が遊離し、それぞれの遺伝子に対応したMCP I、II、IIIのグルタミン酸残基のγ−カルボキシル基とエステル結合を形成する。菌は刺激物質に出会うと、その物質の濃度をリセプターでの結合型と遊離型との量比に転換し、上に述べた各MCPのメチル化の総量として記憶し、これを基準として誘引もしくは忌避すると考えられている。

 そしてタンブリング頻度の増大する場合はche A, D, W, Yと呼ばれる遺伝子に情報が伝達され、それにより産生される物質によりベン毛運動のスイッチ機能を有するche Cと呼ばれる遺伝子に情報が伝達される。さらにこの遺伝子により産生される物質によりベン毛回転装置にスイッチが入りベン毛を時計回りに回転するのである。

 一方タンブリング頻度が減少する場合は、che X, B, Zと呼ばれる遺伝子により逆の現象をもたらすのである。現在ではche XとBはそれぞれメチル転移酵素、メチルエステラーゼでありche Zは公社の酵素活性制御蛋白と考えられている。そして最終的なベン毛の動きは、各刺激物質に関して相加性を有しており、誘引物質と忌避物質との両方の刺激下では互いに相殺される(図1参照)。

 

 

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