7.分裂と細胞周期
今までは最近の集団としての増殖について述べてきたが、次に一個の細胞としての細菌の発育、特に定常状態においてどのように分裂して増殖していくかについて述べる。細菌の分裂と細胞周期については、大腸菌、ネズミチフス菌、枯草菌、ブドウ球菌などにおいて、形態学的、遺伝学的に研究されてきたが、特に大腸菌において、前項のメンブランフィルター法を使った同調培養により、よく研究されている。細胞周期の始まりは、まずDNA複製の開始が複製起点より2方向に始まることであり、それには複製を始めるのに必要なタンパクの合成が前提条件となる。
図
I-4-6. 大腸菌の分裂サイクルに関するHelmstetter-Cooper モデル (分裂時間20分の場合)縦線は20分間隔、矢印は分裂が起こる時期を示す。
Helmstetter-Cooper
モデルによると、大腸菌においては分裂サイクルを3つの期間に分けることができる。まずDNAの複製開始に先立ち準備期間(I:上述のタンパク合成などがここで行われる)があり、これは分裂時間に等しい。このI期が終わるとDNA複製が始まるとともに、次のI期がスタートにする。したがってI期は分裂時間と等しい周期でスタートすることになる(これは新しい分裂サイクルが分裂時間に等しい周期でスタートすることを意味する。すなわち複製開始、複製終了、細胞分裂のすべてが分裂時間に等しい周期で起こる)。つぎにDNAが複製開始点から終了点まで複製されるが、この期間をCとする。そして複製終了後、期間D(分裂準備期間)をおいて細胞分裂が起こり、1サイクルが終了する。C,Dについては、分裂時間が60分以下の場合はC=40分、D=20分でほぼ一定であり、分裂時間が60分以上のときはC=2/3×分裂時間、D=1/3×分裂時間、C+D=分裂時間という関係が成り立つとされている。
図I-4-7は分裂サイクルと染色体複製との関係を示したものである。図では複製方向は1方向として図示してあるが、分裂時間が60分の場合には分裂前60分から20分の間にDNA合成が行われ、20分前には2分子のDNAが合成されており、残りの20分間にはDNA合成は行われず、分裂に必要なタンパク合成などが行われている。このように発育が遅いときはDNAの複製点は1ヶ所であり(複製方向を1方向と考えたとき)、DNA複製が行われない時期がある。
動物細胞の細胞周期と比較すると、CがS期でありDがG
DNA
複製が終わると2本に分離し、核様体も2つに分配され、細菌細胞の隔壁が形成され、2つの娘細胞に分裂する(図I-4-8)。DNA
が膜に結合して複製し、細胞質膜、細胞壁の合成がそれに従い、ちょうど母細胞が分裂して生じた直後と同じ大きさ、同じ形の娘細胞が生じる。図
I-4-6.分裂時間が異なる大腸菌におけるDNA複製と分裂の関係1
ゲノムあたりのDNAの複製時間は40分、複製後から分裂までの時間は20分である。は複製点を示している。
DNA複製は2方向に行われるのだが、ここでは1方向に書いてある。
分裂時間が
60分以上の場合の時間的経過を示す。OriCは大腸菌の複製開始点、terC は大腸菌の複製終了点を示す。環状DNAを直鎖状に画いてあり、 oriCは1ヶ所である。黒色の核様体はDNA複製中のものを示す。細胞中の点線、破線、実線は形成途中の核壁輪ないし隔壁を示す。
分裂で増殖する細菌