エイズウイルス(
HIV)の増殖<
GIO>HIV
の構造、形成が分かり、侵入から増殖にいたるまでの過程を理解する。<
SBO>
HIV
の大きさは、百ナノメートル、すなわち一万分の一ミリメートルと極めて小さく、その形態を観察するほとんど唯一の手段は電子顕微鏡である(右写真参照)。電子顕微鏡の超薄切片像よると、HIV類円形をしている。HIV粒子の構造はすべてが同一ではなくて、大別すると、類円形の中心性・偏心性の核様体を持つ棒状の核様体を持つ粒子と、同心性の密度の大きな二重のリングを持ち、中心の密度の疎なドーナツ型のものがある。前者の、核様体を持つ粒子の核が丸く見えたり、棒状に見えたりするのは、切片の方向の違いによるためで、同一のものと考えられる。これら二種類の粒子のうち、ドーナツ型のものはHIVの不完全粒子ではないかと考えられている。したがって、HIVの基本型は、棒状の核様体を持つ粒子ということになる。
ウイルス粒子は細胞膜によって形成され、細胞表面に放出される。出芽粒子は、細胞膜が半円形状に盛り上がり、その内部に粒子形成後に核となる電子密度の高い半球状の構造物が形成され、その後、半球状の突出物は球状となり、くびれる形で離脱する。
ウイルスの侵入
ウイルスの個体への侵入経路は多くは局所粘膜にあるマクロファージ細胞(dendritic cell;ランゲルハンス細胞とも呼ばれている)で最初にウイルスが侵入するものと考えられている。
マクロファージ系の細胞にウイルスが侵入するにはCD4抗原とCCR5(CKR5,CC-CKR5)と呼ばれるケモカインレセプターの2つの細胞膜の表面にあるタンパク質が必要になる(図2)。
外被の糖タンパクGp120がCD4抗原とCCR5に結合するとウイルスのEnvタンパク質のコンフォーメーションが変化してGp41が細胞膜を貫通できるようになると考えられている。
ウイルス粒子の構造と遺伝子
HIV
のレセプターHIV
のレセプターにはCD4T細胞の細胞表面にあるCD4分子と共役レセプターの二種類がある。共役レセプターは1996年、比較的最近に発見された。CD4分子については、次のような理由でHIVのレセプターであることが分かっている。ところで、次の述べるような事実により、CD4以外にHIVのレセプターが存在することが示唆されていた。HIV−1は、感染できる細胞の種類により、三つに大別される。
この指向性差は
CD4のみでは説明できず、また、マウスの細胞にはCD4を発現させただけではHIVは感染せず、ほかのレセプターの存在が示唆されていた。HIV
はP120を介してCD4分子と結合し、さらに第二のレセプターである共役レセプターと結合すると、HIVの膜と細胞膜が融合し、RNA遺伝子を含むHIVのコア部分が細胞の中に入る。HIV
の増殖サイクル
ウイルスがおもに感染するのは、
T細胞の一種であって、CD4という高原をもつCT4Tリンパ球とマクロファージモノサイト系の細胞である。ただし、他のT細胞やB細胞に感染している可能性もある。
感染するときには、ウイルスがまず細胞に感染するが、このときに細胞にあるレセプターが重要な役割を果たす。
HIVのレセプターはCD4T細胞の細胞表面にあるCD4分子およびふたつめのレセプターである共役レセプターである。
では、レセプターが認識するウイルスのほうの分子は何だろうか。それは、外被タンパク質のうち、膜の表面に突き出ている
gp120であろうと考えられている。
血液、体液を介して感染者の体内に侵入した
HIVは、その外被のgp120糖タンパクを介して、ヘルパーTリンパ球、マクロファージ、FDCなどの宿主細胞と接触することから宿主細胞への感染を開始する。HIVの結合から細胞内への取り込みに関する過程は、それぞれの宿主細胞で若干異なっているようである。HIVと細胞性免疫の重要な担い手であるヘルパーTリンパ球との結合は、次のように行われている。
このようにヘルパー
Tリンパ球の細胞膜に結合したHIVのgp120と非共有結合していたgp41が宿主の細胞膜内に侵入することにより、ウイルス膜と宿主の細胞膜が融合し、HIVの殻coreが細胞質に取り込まれる。しかし、HIVが結合したすべてのヘルパーTリンパ球でこの反応が起こるのではなく、いろいろな機序で活性化されたヘルパーTリンパ球においてのみこの反応が進行する。すなわち非活性化Tリンパ球では、HIVはTリンパ球の細胞膜上には存在していてもけっして、細胞質内に入ることができない。
宿主細胞に取り込まれたウイルス
RNAは活性化されたウイルス自身の逆転写酵素reverse transcriptaseにより2本鎖DNAへ変換され核内へ移行し、さらにインテグラーゼ」の作用で宿主細胞の染色体DNAに組み込まれる。
宿主細胞の遺伝子に組み込まれたプロウイルス
DNAは、潜伏感染の状態で数年経過する。この時期が臨床的に無症候性キャリアasymptomatic carrierに相当する。そして何らかの抗原や放射線などの刺激により、プロウイルスDNAを有するヘルパーTリンパ球が繰り返し活性化されると、核内でプロウイルスDNAよりRNAへの転写transcriptionが開始される。細胞外からの刺激がどのようにして核内のプロウイルスDNAの活性化を引き起こすのかは明らかでないが細胞側転写促進因子としてNF-KBの重要性がいわれている。すなわちヘルパーTリンパ球が活性化されると細胞内にNF-KBが増加することによりプロウイルスDNA→RNAへの転写が促進される。そしてこの転写はウイルスゲノムの両端に存在するLTR(long terminal repeat)の活性化により開始される。この過程でRNAの産生調節に関わるウイルス側調節因子にHIVの遺伝産物であるtatがある。核内で蓄積されたHIV
RNA
を核外に輸送するのは、もう一つの調節因子であるrevの役目である。revは転写されたRNAがさらにスプライスされて小さくならないように保護する役目も有する。
このような機序で核から細胞質に運ばれた
RNAは一部は新しいウイルス粒子に取り込まれるRNAゲノムとなり、残りのmRNAからは、細胞質内でウイルスタンパクが作りだsれ(翻訳)、さらにHIV特有のプロテアーゼにより前駆タンパクが分解されHIV構成タンパクであるenv(エンベロープタンパク)、gag(コアタンパク)、pol(酵素)が作られる。ばらばらに生成されたこれらのタンパクは糖鎖添加などの修飾を受けつつ細胞表面に移動し互いに結合する(assembly)と、細胞膜の一部が内側より膨状となり、RNAゲノムがその中に取り込まれ完全な成熟ウイルス粒子が作られる(packing)、HIVは宿主細胞の表面から出芽(budding)の形で細胞外へ放出され、新しい増殖サイクルへと入っていく。逆転写反応(
RNA遺伝子からDNA遺伝子へ)
RNA
遺伝子は感染した細胞の細胞質で逆転写酵素によって二本鎖DNAに逆転写される。逆転写の始まりはキャップから200塩基近くに一部相補的に結合しているリジンtRNAをプライマーとして3′側からキャップへむかって逆転写が進行する。
キャップまで逆転写されるとウイルスRNAの
3′末端に同じ塩基配列Rがあり、逆転写産物は3′側RにジャンプしてさらにウイルスRNAの逆転写を続ける。さらにRNaseH活性によって鋳型となったウイルスRNAは除かれて代わりにDNAに置き換えられてウイルスの二本鎖DNAが完成する。Rで逆転写がジャンプしたために二本鎖DNAの両端には繰り返し入れるが出来上がり、これをLTR(long terminal repeat)とよぶ。両端にLTRを形成するには二本のウイルスRNA遺伝子を必要とする。インテグラーゼはこの両端のLTRのさらに両端にあるIR(inverted repeat)を認識して宿主細胞のDNAに組み込んでウイルスDNA遺伝子であるプロウイルスを形成する。
HIV増殖の抑制
生体内にはHIV増殖を抑制したり、いわゆる抗体の働きなどでその感染性を失わせるようなしくみがあることも知られている。普通HIVは生体内で一日に個のウイルス粒子を作り出すことができる。したがって
10年近い潜伏期をもつことは、そのあいだはこのウイルス産生を抑える機構が働いていることになる。
<参考文献>
「医療従事者のためのエイズ」南山堂
「エイズ
〜派遣から治療最前線まで」共立出版「入門『エイズ学』」化学同人
「エイズとの闘いU―新たな展開―」東京化学同人
「エイズウイルスとの闘い
〜治療法開発の現状と未来」岡本 尚、畑 明、岡田 新 著「まるごと一冊エイズの本」青木
眞 著「エイズウイルスと人間の未来」紀伊国屋書店
http://www.virology.net/Big_Virology/BVFamilyIndex.html