緑膿菌
GIO
緑膿菌感染症は一旦発病すると慢性化し難完治化する感染症として、高齢化社会においては重要な病原微生物である。多剤耐性化を起こしやすく、難治化しやすい理由を知り、感染症の診断と治療、予防をしっかりとできる医療人となることを目指す。
SBO
・緑膿菌の形態、生息場所について説明できる。
・緑膿菌の培養法及び消毒法を説明できる。
・バイオフィルム形成について
・細菌学的診断法
・緑膿菌の抵抗性、相変異と抗原変異を説明できる。
・緑膿菌の病原性(特に三大疾患)外毒素の特徴について説明できる。
・治療法
・多剤化・難治化する理由を説明できる。
参考資料
「戸田新細菌学」、「医科細菌学」、などの図書文献。インターネット検索など。
<緑膿菌の形態及び所在について>
緑膿菌とは1882年にGressardが緑色に着色した包帯から分離した桿菌(桿状あるいは棒状の形をした菌のことを指す)である。大きさは0.5~0.8 × 1.5~3.0 μmで、菌体の一端に一本(まれに2~3本)の鞭毛を持つために運動性を示す。
緑膿菌はブドウ糖を酸化的に分解するが発酵はしない。また、グラム染色法において陰性を示す。これは、緑膿菌の細胞壁のリピド成分が多いためにアルコールの脱色で細胞壁が壊れて色素が入り込むことができるからである。このような性質・形態から、緑膿菌はブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌という菌群に属している。
緑膿菌は湿潤な環境に生息し、土壌・水・下水・汚水などに存在する。また、ヒトの正常な皮膚やヒト・動物の正常な消化管内に常在菌叢としても発見される。健康な人には感染しないが、10%の人の消化管で陽性を示す。病院では皮膚、呼吸器管理器具や湿潤器などに特に存在し、患者によっては死に至るためきわめて危険な感染源となっている。
<緑膿菌の培養法>
硝酸塩が入った培地における以外では偏性好気性であり、37℃が至適発育温度であるが
、4℃では発育しない。42℃でも発育することで他のfluorescent pseudomonadsと区別できる。アンモニウム塩を含む無機塩の最少培地に炭素原を1種入れておけば発育する。保存蒸留水中でも増えるといわれており、わずかの有機物と水分が存在すれば増殖することができる。4級アンモニアcetrimideに対して抵抗性があるので、選択培地に加えている。留置カテーテル、レスピレーターなどの医療器具などから直接患者に、また病院内でも緑膿菌による環境汚染が、MRSAと同様に院内感染を引き起こし問題になっている。普通寒天培地では、大きな、柔らかい、スムーズな灰白色の集落を形成し、色素産生菌の場合には、倍地がその色素の色で染まる。集落周囲に広がることもある。トリメチルアミンの芳香性の臭気を生じる。血液寒天倍地ではβ型溶血を示す。アルギン酸と呼ばれるムコ多糖類体を産生する緑膿菌はムコイド型緑膿菌といわれ、アルギン酸を産生しない非ムコイド型緑膿菌とちがい、呼吸器、尿路の慢性難治性感染症の病原体として問題になっている。
<バイオフィルムについて>
バイオフィルムとは、本体は細菌が環境に順応して生き延びていくために形成する細菌集落のあり方の一つであり、細菌自らが分泌する粘性のムコ多糖類(粘膜)と菌体からなる構造体である。しかし人間の体内で、感染という形で侵入した病原菌によって形成されるバイオフィルムでは、菌が多糖類などに埋め込まれた状態になり、抗菌剤や生体の防御機構から病原菌を守るように作用し、感染症からの回復を妨げる。
緑膿菌が産生する多糖類はアルギン酸で、これは、他由来のアルギン酸より粘性が高く、そのため抗生物質が浸透しにくくなっている。また、アルギン酸は負に帯電しているので、食細胞の食作用から逃れることができるのである。
<緑膿菌の細菌学的診断法>
NAC培地で分離し、グラム染色、鞭毛染色、オキシダーゼテスト、Hugh-Leifson培地でOF(酸化発酵)テストを行う。キング培地で色素産生の確認を行う。
緑膿菌にはRNAのマグネシウム塩(グラム陽性物質)がないため、グラム染色を行ったとき、レーキが形成されない。そのためアセトンによる脱色・分離操作を行うと、脱色され、赤く染まる。
<緑膿菌の抵抗性>
熱に対して、55℃1時間で死滅するが、水溶液中では1ヶ月以上も生存できる。弱い消毒液、食塩、石鹸などの溶液中でも増殖でき、他のグラム陰性菌に比べて、より抵抗力が強い。 抗生物質や殺生剤に最も高い耐性を示す。他のグラム陰性菌の多くとは異なり、抗生物質のクロムヘキシジンにも耐性である。これは外膜において二価のマグネシウム含量が高いことに起因していると思われる。これが外膜の強いLPS-LPS結合を形成するのを助けている。
酸や銀には感受性がある。EDTA(ethylene-diamine-tetra-acetate)に対しては感受性が高く、消毒剤や抗生物質に対して相乗作用を示す。外膜タンパクの1つであるHタンパク(H1,H2)が、このEDTA感受性に関係しているといわれている。
・免疫系に対する抵抗性
細菌の宿主への付着は、その部位において感染が成立するかどうかを決める重要な因子の一つである。緑膿菌では菌側因子として線毛やムコイド多糖類、宿主側レセプターとしてシアル酸が考えられている。
そのための重要な役割を果たす線毛はまた、線毛が食細胞に付着することによって、逆に食菌を促進することもあるといわれている。それは線毛の抗原性が非常に高いためであるが、それに対し細菌は抗原変異といわれるやり方で防御機構から回避している。
抗原変異とは、抗原となる菌体表面成分を変化させたりして免疫反応から逃れること。グラム陰性桿菌のO抗原、K抗原、A群レンサ球菌のMタンパクは菌の表面にあって抗原性を持ち、直接交代の作用をうける。これらの抗原はきわめて多様性に富んでいて、ある菌の感染によって免疫ができても、別のO,K,H抗原を持つ菌は感染することができる。また、鞭毛の相変異や、O抗原の変異など、O,K,H抗原を変えてしまうこともある。
相変異とは、Salmonellaに属する多くの菌に見られ、 培養中に一方の抗原型から他方の抗原型をもつ鞭毛に変化すること。2種類の抗原性の異なる鞭毛を作る遺伝子(H1,H2)の発現が可逆的で、ある時点ではH1の鞭毛を持つ菌が、異なる時点ではH2の鞭毛を持つ。このような菌を両相性という。
H2のオペロンにはH2の鞭毛遺伝子のほかにH1の発現を抑制するリプレッサー遺伝子もある。そのため、H2の鞭毛タンパクが作られると同時にこのリプレッサーも作られ、H1オペロンの転写開始は抑制される。またH2オペロンのプロモーター領域を含むDNA領域には逆向きの反復配列があるため、この間で交差が起こることによりプロモーターがH2オペロン側に向いたり、逆方向見向いたりすることが起こる。H2側のときはH2オペロンが転写されてH1は抑制される。H1側を向いたときはH1の発現が起こる。
このように特殊なDNA領域が逆位をきたすことによって相変異は起こる。
<緑膿菌の病原性、外毒素の特徴について>
滅多に健康人の病気の原因にはならないが、広域スペクトルの抗生物質、ステロイド剤、免疫抑制剤などを長期間使用している疫学的に弱った人、慢性の消耗生疾患を持っている人、白血球が減少した人などは緑膿菌による菌交代症を起こす。長期の静脈内又は尿管内の留置カテーテル使用による静脈炎、尿路感染、気管支鏡操作による気道感染、腰椎穿刺などの外科的処置後の創傷、滅多に健康人の病気の原因にはならないが、広域スペクトルの抗生物質、ステロイド剤、免疫抑制剤などを長期間使用している免疫学的に弱った人、慢性の消耗性疾患を持っている人、白血球が減少した人などは緑膿菌による菌交代症を起こす。長期の静脈内または尿管内の留置カテーテル使用による静脈炎、尿路感染、気管支鏡操作による気道感染、腰椎穿刺などの外科的処置後の創傷、褥瘡、火傷などの膿瘍に本菌が感染、または混合感染を起こし、皮膚バリヤーを超えて敗血症としての重篤な症状を呈することがある。顔面火傷や、コンタクトレンズ着脱などによる眼周囲組識の破壊性感染に引き続いて緑膿菌感染が起こる。緑膿菌敗血症の場合の致命率は80%以上といわれている。外膜のリポ多糖体(endotoxin)も重要な病原因子として病像の形成に関わっているが、腸内細菌科の細菌のリポ多糖体よりは数オーダー活性は低い。
病院内での感染は、まず①院内の施設、器具で水分を含む湿潤な場所に生息している本菌による場合、②医者、看護婦、患者、その他のコメディカルの人から直接感染する場合、③自分の腸管内の本菌に感染する場合、が考えられる。③は内因性で感染防止は非常に困難であるが、①と②は外因性感染であり、院内感染予防の基本である、手洗いの励行、消毒の徹底、ハイリスク患者の隔離などを行うことによって、院内感染率を低下させることができる。感染症における抗生物質の使用に際して、菌交代現象に十分配慮した適確な使用が大切である。欧米人の遺伝病の一つである膿疱線維症 cyctic fibrosis(CF) 患者の難治性の重症気道感染症の重要な病原体である。気道の感染局所に多量のムコイドを産生しバイオフィルムを作ることがこの病気の難治化に寄与している。ムコイド産生型(mucoid type)とムコイド非産生型(nonmucoid type)との変換がこの疾患では特徴的に起こりやすいのは何か遺伝的背景(浸透圧変化、エチルアルコール濃度、窒素やリン源の不足、定着性などの環境変化)があると考えられている。
日本では50歳前後に発病する進行性のびまん性汎細気管支炎(DPB)における難治性呼吸器感染症の重要な起炎菌となっている。
ここで私たちは、1.呼吸器感染症2.皮膚感染症3.眼周辺の感染症を緑膿菌により引き起こされる三大疾患であるとみなしました。
免疫力の低下した患者に対し緑膿菌が強い病原性を示す原因として、緑膿菌が多様な菌
体外毒素・菌体外酵素を産生し、宿主の組織・生態防御機構を障害することがあげられる。
参考
緑膿菌は増殖とともに各種の外毒素を産生する。これらは、感染局所の組織や細
胞を破壊するのみでなく、感染防御に関与するIgGや補体その他の生態成分を分解する。その結果、緑膿菌はさらに増殖し、やがては敗血症を惹起する。
1.exotoxin A
exotoxin Aは緑膿菌感染に重要な役割を演じている。その構造は613個のアミノ酸からなる蛋白質であり、3つのドメインよりなる。N端末のドメインIで哺乳動物細胞のレセプターに結合し、エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれる。中央のドメインⅡは、毒素が細胞膜をファゴサイトーシスから細胞質に移行するための膜透過に関与し、C端末のドメインⅢは毒素活性に関与する。 exotoxin Aの作用はジフテリア毒素に酷似する。すなわち哺乳動物の細胞の蛋白質合成に関与するEF2因子を、NADを用いてADPリボシル化することによりこれを失活せしめ、細胞の蛋白合成を阻害する。
exotoxin Aの遺伝子tox Aの発現は調節遺伝子tox Rとtox Aの発現は鉄濃度により調節される。すなわち緑膿菌は、環境の鉄濃度が低いときにこれらの遺伝子産物を合成し、細胞を破壊し、鉄を獲得する。
2.exoenzyme S
exoenzyme Sも緑膿菌が産生する外毒素である。exoenzyme Aと同様にADPリボシル化活性をもつが、リボシル化の主な相手は細胞骨格の形成に関与するvimentinという蛋白質である。これがADPリボシル化されると重合化ができなくなると推測されている。
火傷マウスモデル系とマウス肺慢性感染モデル系で、exoenzyme S非産生株は産生株に比べて明らかに毒力が低いことが示されている。
3.プロテアーゼ
緑膿菌はエラスターゼとアルカリ性プロテアーゼを産生する。エラスターゼは1原子のZnを含む中性プロテアーゼをコードする。N末端の36個のアミノ酸からなるプレプロエスターゼをコードする。N末端の36個のアミノ酸からなるシグナル配列が切断されると50kdのプロエラスターゼができ、次いで33kdと17kdサブユニットが外れて、33kdの活性エステラーゼが菌体外に分泌される。
緑膿菌のプロテアーゼ、特にエステラーゼはエラスチンやコラーゲンのほかに、血清中のIgG、補体および補体由来の走化性および食菌性因子、α-protease inhibitorなど、宿主の感染防御に関与する成分を分解する。一方、アルカリ性プロテアーゼは細胞性免疫を障害する作用が強いことが知られている。
緑膿菌の臨床分離株は大部分がエラスターゼを産生する。エラスターゼの致死活性は、exoenzyme Aと比べてかなり低いといわれているが、火傷マウスモデル系で、エラスターゼ産生が部は非産生株に比べ菌力が強いことが示されている。また、エラスターゼやアルカリ性プロテアーゼは外蛋白質と同様に強い感染防御抗原となるといわれている。
4.ホスホリパーゼC(易熱性溶血毒)
緑膿菌は2種類の溶血毒を産生する。その1つは易熱性でホスホリパーゼC活性を持ち、他は耐熱制のラムノリピドである。
大腸菌でクローニングされたホスホリパーゼCの遺伝子plcSは大腸菌をプローブとして緑膿菌DNAとハイブリダイズすると、別のホスホリパーゼC遺伝子plcNがクローニングされた。この産物はplcS遺伝子産物と気質特異性を異にし溶血性を示さない。いずれの遺伝子も環境のリン酸化濃度が低いときに産生される。
5.細胞毒
緑膿菌のある株は、細胞破壊活性を持つ細胞毒を賛成する。最近、これが溶原化ファージによりコードされることが明らかにされた。
<治療法について>
治療は、化学療法剤を投与することで行う。しかし、緑膿菌は、多くの抗生剤に抵抗性
を持っているのに加えて、本来感受性の化学療法剤についても耐性菌が出現しているので
、抗生剤の選択が難しい。
第一選択剤として
1.チカルシリン(TIPC)、ピペラシリン(PIPC)などの抗緑膿菌ペニシリン系薬剤
2.アミカシン(AMK)、トブラマイシン(TOB)、シソマイシン(SISO)などの抗緑膿菌アミ
ノ配糖体抗生物質
3.セフタジディムなどの抗緑膿菌性の静注第3世代セファロスポリン
を用い、第二選択剤として、イペネムーシラスタチン(IPM)、アズトレオナム、セフロ
ジン(CFS)などを併用する。
二剤の併用については、一般にはそれぞれの作用機構に基づいて、発揮される作用が相
加されると考えられているが、相乗と拮抗の2現象が知られているので注意する。
<多剤耐性が難治化する理由>
細菌は次にような機構によって、新しい抗生物質にも次々と耐性を獲得していく.。細菌の耐性は大別して・抗生物質を酵素的に分解or修飾することによる・膜の透過性を減少させて抗生物質を菌体内に入りにくくすることによる・膜の機能によって薬剤を菌体外に排出する・抗生物質の作用点である細菌のコンポーネントを変化させることによって抗生物質が作用できなくするなどの機構に分類される。
こうして多剤耐性を持った細菌には、効かない薬が多くなり、治りにくくなる。その例を下にあげる。多剤耐性緑膿菌緑膿菌は多くの抗菌薬に耐性を示す菌種として、古くから臨床的に問題視されてきた。1980年代に抗緑膿菌薬としてβ-ラクタム薬や、カルバペネム、アミノグリコシド、フルオロキノロンが開発され、一時的に緑膿菌感染症はコントロール可能のように思われた時期もあった。しかし、これらの薬剤に耐性を示す多剤耐性緑膿菌が、国内外を問わず多くの医療施設から報告されている。最近、オーストラリアの小児癌病棟での多剤耐性緑膿菌の院内感染が報告された。
わが国でも、多剤耐性緑膿菌が各地の医療施設からしばしば報告されており、院内感染起因菌として注意を払う必要がある。例;フルオロキノロン薬耐性緑膿菌わが国では、各種のフルオロキノロン薬(FQs)が次々と開発・発売され、現在、少なくとも8種類のFQsを臨床で用いることが可能となっている。
こうした中で、FQsに耐性を示す緑膿菌の出現が指摘されており、最近では、国内で臨床分離される緑膿菌の20%程度が、FQsに対し様々なレベルの耐性を示すと報告されている。FQs耐性には、細菌外膜の薬剤透過性の低下や、薬剤の汲みだし機構、FQsの標的とされるDNAジャイレースやトポイソメラーゼIVの変異など、複数の機構が関与している。特に、DNAジャイレースとトポイソメラーゼIVの双方に変異が起こった場合、高度耐性を獲得するとされている。緑膿菌は、院内感染や日和見感染症の起因菌としてグラム陰性桿菌の中では最も問題視されている菌であり、既に、カルバペネム耐性やアミノグリコシド耐性を同時に獲得した緑膿菌も一部では報告されており、臨床分離緑膿菌における薬剤感受性調査とともに、今後の動向に注意を払う必要がある。