サルモネラ属について
サルモネラの電子顕微鏡写真(24.000倍)
中等大カン菌で周毛性鞭毛を有する(わずかな例外あり)。普通寒天培地によく発育し、円形、透明、湿潤、光沢のある集落を作る。ブイヨンでは均等な混濁発育をいとなむ。ブドウ糖を分解して酸とガスを産生するが、乳糖、白糖を分解しない。硫化水素を産生し、リジンを脱炭酸する。クエン酸を炭素源として利用し、KCN培地では発育しない。インドールは産生せず、尿素を分解せず、ゼラチンを液化しない。ただし例外もある。
60℃10分から20分、5%石炭酸水5分で死滅し、抵抗性はそれほど強くないが、亜セレン酸塩、胆汁および胆汁酸塩、ある種の色素(brilliant green,neutral redなど)にたいする抵抗力が強いため、これらのものを入れた培地では、サルモネラはよく増殖するが、ほかの菌の増殖が抑制され、増殖培地ないしは選択分離培地として利用される。 基準種はS.cholerae−suisである。
分類及び菌型
a)
分類および菌型Salmonella
の分類の基礎には、Kauffmann-Whiteの抗原表がある。この表では、現在1,700に及ぶ血清型があげられ、その大部分に他の菌の種名と等価の、独立したラテン語2名法による名称が与えられているが、これは、Kauffmannらが、血清学的性状で種を定義してよいという考えの基に最初の表を作り、それがそのまま国際的なスタンダードとして認められてしまったために起こった現象で、現在の分類学の考えからするとかなり不合理なものである。現行の個々の名称の中には分類学上明らかに種であるものと、たんなる血清型にすぎないものとあり、この2つは一応区別して考えねばならない。分類学的には、
S.typhi(1血清型)、S.cholerae-suis(1血清型)、S.enteritidis(ほとんどのSalmonella
を含む)、S.arizonae(多数の血清型)の4者が独立した種と考えられるが、便宜上生物学的性状の類似性から4つの亜属(subgenus)に分けられている。第1亜属には種として独立したものも、単なる血清型も含まれ、第2亜属以下は、一応新しく報告された血清型は番号でよぶことになっているが、すでに特定の名称で呼ばれているものは、それが残されているので多少の混乱が残ることは免れない。各亜属に代表的なものの特徴および独立した種の特徴を表3−15に示す。b)血清型
serotype 表3−16にKauffmann-Whiteの抗原表の一部を掲げるが、血清型の基本は、まずそのO抗原によって群groupを分かちO抗原の組み合わせの如何によってはその下に亜群を設け、さらにその下に亜群を設けさらにH抗原の種類によって細分するのである。H抗原にはSalmonellaの場合相転移という現象がある。すなわちH抗原が2つの異なった性質を持った構造の間を可逆的に変異するのである。たとえばS.typhimurium(B群)の場合、Hは、i−1,2という変異を起こしうる。このように2つの相を持つH抗原を両相性といい、S.paratyphi(A群)のように一つしかないものを単相性とよぶ。抗血清とともに培養することによって相の変異を選択することもできる。S.typhmuriumを例にとると、この菌を抗i血清とともに培養するとiが失われて1,2を有する菌を得ることができる。O抗原がファージ感染によって変換を起こすということは、同時に血清型は種とはみなし得ないということを示している。なお前記の4つの亜属は血清型とまったく無関係で、各O群のどれにでも出現する。
c)ファージ型
腸チフス菌、パラチフス菌などでは疫学上の観点から血清型の決定後さらにファージ型を決定をする必要がある。Graigie&Yenは、Vi抗原を持っているチフス菌はVi-Uファージに対する感受性の有無によりさらに細かく型別できることを見出し、またそのための手技をもほぼ確立した。その型は非常に安定なので、世界的な規模で型別の研究が進められ、現在ではS.typhiという血清型が96のファージ型に分けられている。ただ厳重な標準化された技術を必要とするため通常この型別はかぎられた検査センターで行われる。 野生型に担当する菌はすべての型別用ファージで溶菌され、これをA型と呼ぶ。ほかの型は感受性域について変異を起こしたり、あるいは特定のファージで溶原化したりしたものと考えられる。ファージの野生型もA型と呼ばれ、このほか宿主依存性修飾の結果宿主域を異にするようになったものもある。 Vi抗原を持たないチフス菌はViファージに感受性がなく、したがって型別できない。しかし、Vi抗原があっても既知のファージで溶菌されないものもあり、型別不能株とよばれる。
病原性
a)菌型と宿主域
サルモネラの宿主域は極めて広く、ヒト、各種哺乳動物、鳥類が感染、保有している。ヒトに対するS.typhi、S.paratyphiA、鶏に対するS.pullorum、ブタに対するS.typhisuisのように菌型により宿主が限定されているものやS.typhimurium、S.newport、S.enteritidis、S.choleraesuis(血清型)のようにヒトとともに各種の動物を侵すものも多い。亜種(arizonae)は爬虫類が常在菌として保有しているがヒトには病原性を発揮して胃腸炎を起こす。
Sallmonella感染は急性胃腸炎、チフス様疾患の形で起こるが両形が混合した病型をとることも少なくない。S.typhi、S.choleraesuis、S.typhimiriumの感染例では始めチフス性の病型を取り続いて局所性炎症(関節炎、骨髄炎、髄膜炎、胆嚢炎)を続発することもある。
サルモネラの病原性
サルモネラも細胞侵入性を持つ菌で、大型のプラスミドを持ち、これを失うと病原性が低下する。染色体上にも重要な遺伝子は存在する。inv遺伝子群は細胞内への侵入に関連した遺伝子で
invA−Hの8つの遺伝子の集合としてある。このうちinvA.Eの変異は細胞侵入性を著しく低下させる。またhil(hyper invasion locus)という遺伝子があり、これを除くと侵入性が増加する。プラスミドの存在は菌の病原性の発揮に関連していると考えられspv(salmonellaplasmid virilence)geneと呼ばれる遺伝子群がある。いくつかは膜蛋白の合成に関与しているが多くの遺伝子についてはその機能は不明である。S.typhi、S.typhimuriumは細胞内寄生性の菌としてマクロファージに取り込まれてもその中で増殖する性質を持つ。このマクロファージ内での増殖に関連した遺伝子としてphoP.phoQがあるが、細胞内の増殖に関連した他の遺伝子群を制御していると考えられている。制御されている遺伝子群はpag(phoPQ activated genes)とprg(phoPQ repressed genes)とよばれているがその機能は不明である。b)
急性胃腸炎(食中毒)治療としては輸液と抗生物質投与が必要であるが、Rプラスミドによる多剤耐性株が
少なくないので、起因菌の感受性試験を欠くことはできない。TC(テトラサイクリ
ン)、KM(カナマイシン)などの内服が有効であることが多い。ほかの感染型食中
毒より死亡率が高いので、注意を要する。
c
)腸チフス、パラチフス主にCP(クロラムフェニコール)、ABPC(アンピシリン)などが用いられる。
チフス菌は細胞内寄生菌であるので、それ以外の抗生物質は例えば感受性試験の結果
がよくても臨床効果はない。これはクロラムフェニコールが例外的に人体細胞中によ
く通過するためである。近年Rプラスミドによる多剤耐性チフス菌が諸外国で増加し
つつあるが、その治療にはST合剤(サルファ剤−トリメトプリム合剤)が使われ
る。
病後保菌者では胆嚢切除などの外科手術を要することもある。
経過と症状(腸チフスの例)
1、腸チフス菌、口より侵入
経口感染の成立には、100万〜10億個の菌が必要とされるが、条件によってはさらに少量の菌で発症することもある。たとえば、 免疫力が低下している時。
2、小腸に達し、粘膜へ侵入
3、潜伏期・・7〜14日
粘膜下リンパ組織、腸間膜リンパ組織で増殖
4、潜伏期の終わり近く、菌はリンパ管を経て血流中に入る
この前、数日間は、全身倦怠・食欲不振などの前駆症状があるが、菌が、血流中に入るとともに悪寒発熱をきたす。体温上昇のわりに徐脈であり、脾腫、バラ疹(1〜2週)をみる。便秘に傾き(便秘50%、下痢20%)、白血球減少、体温は段階的に上昇して稽留し、治療しない場合は3〜5週続く。重症の場合は昏迷状態になることも多い。
治療が適切に行われなかった場合の致命率は約10%。この発熱中、内毒素は血中に証明されず、内毒素による炎症の修飾の結果、内因性の発熱因子が産生されていると
考えられる。発病初期(1週間前後)にはほとんど常に血中に菌を証明する。 2週間後になると骨髄、脾臓、胆嚢、腸のリンパ組織、腎臓などに肉芽腫をつくり、病変が進むと、壊死にまで発展する。小腸のパイエル板の壊死が最も強く現れ、腸出血・穿孔などの原因になる。経過とともに、菌は胆汁、尿中に現れるが、バラ疹にも証明される。治療後、菌が胆嚢内に残って慢性保菌者となることがあり、感染源として重要。腸チフス菌、パラチフス菌以外の感染の場合は比較的症状は軽いことが多い。
細菌学的診断
発病初期(1週間)にはほとんど常に血中に菌が証明される。2週間前後になると、 経過とともに菌は胆汁、尿中にあらわれる。よって、発病後1週間(2週まで)は 菌の血中からの検出率がもっとも高い(80%以上)。第2週以後は尿から培養を行なう。そのまま行うより、増菌培養を併用したほうが検出率は高くなる。サルモネラは通常の検査室にある培地でよく発育し、グラム陰性、運動性の通性嫌気性桿菌である。集落は、通常大腸菌類より幾分小さく、もっと透明感があるが鑑別培地で増殖しないかぎり、集落の形態だけでは大腸菌類と区別できない。EMB,MacConkey培地、デオキシコレート培地、およびSS寒天培地では、無色の集落を形成する。亜硫酸ビスマス寒天では、うまく分離されたS.typhiの集落は黒色で、黒か茶の帯にとりかこまれている。他のサルモメラも同様の集落をみせるが、S.paratyphi A および他のいくつかの菌種においては、平坦な、またはすこし盛り上がった緑色の集落に見られる。ブリリアントグリーン寒天では、みごとな赤色の培地に囲まれた白っぽい桃色の不透明な集落が生じる(普通S.typhi はブリリアントグリーン培地では、増殖しない)。
分離される腸チフス菌はVi抗原を有しているので、ためし凝集反応を行う場合、
抗O血清では凝集しない。したがって抗Vi血清で凝集反応を行った後、加熱によって
Vi抗原を破壊した菌液を用いて改めてO抗原を決定する。なおS.javaはパラチフス菌と血清型は同じだが、酒石酸塩陽性の点で区別される。第3週以後には血中の抗菌抗体が上昇するので、腸チフス菌を抗原として定量的に凝集反応を行う。これをWidal反応という。しかし発病初期から抗生物質による治療を行っていると抗体価が十分に上昇しないことが多いので、これだけをたよりに診断することは避けねばならない。
免疫および予防
腸チフス、パラチフスの個人的な予防には予防接種があるが、実際使われるワクチンの効力は不十分である。腸チフス、パラチフスの細胞性免疫は、血中抗体を上昇させるだけの死菌ワクチンでは効果がない。アセトン不活性化ワクチンはかなり有効であることが確かめられているが、副作用が強く実用的ではない。また、最も歴史のある
Pasteur研究所製のTABワクチンも副作用のため強制接種は少なくなっている。最近、非病原性変異株Ty21aによる生菌ワクチンが試みられている。経口用(S.Typhiの弱毒変性型)と多糖類(Vi抗原)の注射用の2つの新型ワクチンが開発中である。効力はTABワクチンと同等と考えられるが、副作用がないことと注射用ワクチンでなくてもよい(注射なら単回)ことが利点である。全体的な予防
としては、患者の隔離治療、患者の衣類と排泄物の消毒、保菌者の発見・治療、食品衛生管理、飲料水の浄化、便所の衛生があげられる。現在日本では、腸チフス、パラチフスともにきわめて減少しているため、ワクチンの使用よりも、むしろ患者の早期発見と治療、環境衛生の整備を進めることが予防には肝要である。食中毒の予防
については、食肉などを取り扱った器具、容器、手指は洗浄消毒する。
食品に火をとおす。(中心部75℃1分以上)
検便を励行して、保菌者の発見につとめる。
ネズミ、ゴキブリ、ハエの駆除。
鶏卵は新鮮なうちに食べる。
などがあげられる。
サルモネラ属の免疫
サルモネラ症に対する免疫は体液性応答と細胞性応答の両方に依存するものと思われ、感染の初期段階において、体液性応答は感染を完全に防御することは不可能であるにしてもその抑制に重要な役割を占めている。免疫血清を用いた実験用マウスの受動防御については評価が分かれ多くの論争がなされている。しかしながら、マウスの
TおよびBリンパ球の機能を抑制して、完全な防御の発現には細胞性免疫も必要ではあるが、体液性免疫のほうがはるかに重要であるとも考えられている。<細胞性免疫と体液性免疫>
免疫機構は機能的に体液生免疫(生体内に抗原性のある物質が入ると、抗原と特異的に反応する血清タンパク“免疫グロブリン”が合成される)と、細胞性免疫(抗原と特異的に反応するリンパ球“感作リンパ球”が産生される)の二つに分類される。それぞれ挙げていく。
細胞性免疫とは、抗原刺激を受け感作状態にあるリンパ球が抗原と接触することによって引き起こされる特異的な生態反応の呼称である。抗原が生態に入ると、マクロファージが取り込まれる。マクロファージが取り込んだ抗原を処理し、細胞自身のタンパク質で抗原提示細胞に存在するMHC(主要組織連合抗原)クラスU抗原とともに細胞表面に提示する。前T細胞の表面に存在するT細胞レセプターは、マクロファージ細胞表面に提示されたMHCクラスU抗原ぺプチド(複合体)と処理抗原を認識し、結合して活性化する。同時にマクロファージも活性化し、生物活性をもったサイトカイン(高分子物質、免疫細胞を増殖・分化)の一つであるインターロイキン−1(IL)を分泌する。このインターロイキン−1(IL)の作用を受けた前T細胞はさらに活性化し、ヘルパーT細胞となる。ヘルパーT細胞はインタロイキン−2を分泌し、前T細胞の分裂をさらに促進させる。抗原情報を受け継いだ前T細胞のあるものは、分裂増殖を繰り返し、いくつかの機能を持った感作T細胞となる。種類としては、@DTHエフェクターT細胞:遅延型アレルギーに関与するT細胞で、抗原と接触することによってマクロファージ活性化因子などの生物活性物質を産生し、マクロファージの機能を高めたり、遅延型アレルギーを起こす。AキラーT細胞:同種移植片拒絶反応、ウィルス感染細胞の排除、ガン細胞に傷害性に直接作用するT細胞である。標的細胞上の抗原を認識して抗原特異的に標的細胞を直接傷害する。細胞表面分子としてCD8を持っている。BヘルパーT細胞:マクロファージによる抗原提示を受けT細胞が活性化するのを助ける。B細胞を活性化して増殖、分化を助けたり、キラーT細胞の発現を助けたりするT細胞をヘルパーT細胞と言う。CサプレッサーT細胞:抗原刺激によって起こった抗体発生はいつまでも続かない。サプレッサーT細胞はB細胞の抗体発生を抑制する。また、抑制因子を分泌してキラーT細胞の分化やDTHエフェクターT細胞の分化を抑える。
細胞性免疫の発現には、感作リンパ球と抗原との接触によって始まる。細胞性免疫の発現順序には二つある。第一は、DTHエフェクターT細胞と抗原が接触することによって、この細胞からリンフォカイン(液性生物活性物質)が放出され、この物質が直接、あるいはマクロファージなどを介して働きアレルギーを起こす。第二はキラーT細胞などの細胞性傷害性T細胞が標的細胞上の抗原とMTHクラスT抗原を同時に認識し、直接働いて細胞を傷害する細胞傷害性反応(同種移植片拒絶、ガン細胞傷害、ウィルス感染細胞排除など)である。一部のT細胞は刺激を受けて分裂したのち、記憶細胞となる。この記憶細胞は再び同一抗原の刺激を受け取るとすぐさまDTHエフェクターT細胞、細胞傷害性T細胞、ヘルパーT細胞、サプレッサーT細胞に分化し、二次免疫応答を起こす。このように細胞性免疫はさまざまなT細胞の労力によって機能しているのである。
体液性免疫の成立には、B細胞が直接に抗原を認識して活性化し、増殖分化して抗体を生産する過程と、ヘルパーT細胞の助けを必要とする過程とがある。その抗原の一つ胸腺非依存性抗原は、B細胞抗原レセプター(表面免疫グロブリン)と反応してB細胞を活性化、増殖分化させ、抗体を生産するようになる。もう一つの抗原の胸腺依存性抗原は、B細胞を活性化、増殖分化させて抗体を生産させる。それには二種類の方法がある。@B細胞とヘルパーT細胞の接触によるもの:ヘルパーT細胞はB細胞上の組織適合性抗原のMTHクラスUとともに提示された抗原(MHC抗原−抗原複合体)を認識すると活性化して、B細胞を刺激し、増殖分化させ、さらに形質細胞へ分化させ、抗体を生産させるようになる。A活性化T細胞が生産したサイトカインによるもの:マクロファージなどの抗原提示細胞上のMHCクラスU抗原(MHC抗原−抗原複合体)を認識したT細胞は活性化して、種種のサイトカインを生産するようになる。このサイトカインによってB細胞は活性化され、増殖分化して形質細胞となり、抗体を生産するように成る。一部のB細胞は記憶B細胞となり、再び同一抗原の刺激を受けるとすぐさま抗体生産組織に分化し(二次免疫応答)、強く抗体を生産する。
これらの二つの抗原によって体液性免疫は抗体を生産して機能しているのである。