仰げば尊し「身を立て、名をあげ、やよ励めよ」から「こころの教育」へ
どこを向いても世を挙げて、不況だ、不良債権だ、このままでは日本は沈没する、大変だ、何とかしなくっちゃ、「聖域なき構造改革」だ!の大合唱で,世の中はあわただしく,いそがしい.こころを無くすことを慌しいと書き、心を無くした状態を忙しいと書く.だから,こころを取り戻す為の「こころの教育」の必要性がさけばれなければならない.
高度情報社会となり,インターネットで世界が結ばれ,全てがスピードを競う時代になると,従来の教師から学習者(児童/生徒)への一方的な教授法では,情報伝達が上手く機能しなくなった.そこで生涯学習を視野に置いて事例を中心に問題を発見し,小グループで問題解決に取り組む教育法,増えつづける知識や技術を,学習者がいち早く,沢山, たくみに習得できるようになることを目指した教育法の一環として本学でも問題解決型小グループチュートリアル教育法が現2年生から取りいれられた.
自由と平等を甘受することを望むけれども,同時に,全ての人がひとより豊かになることを求めれば,当然競争が激化する.弱肉強食を自然の理とし,適者生存のダーウイニズムの延長線上で市場原理を肯定すれば,物をより多く手に入れ,経済的に豊かになることを「善」と考えるようになる.誰もが自分の身体的・精神的能力を最大限に発揮して,他よりも早く,沢山,巧みに生きることを奨励する.早い者勝ちであるから,遅い人は非難される.正答をより多く得た人は評価されるが,答えが間違っているひとは罰を与えられる.巧みにできる人は賞賛されるが,下手な人は侮蔑されると言う競争社会となる.大学の評価もこの市場原理を免れない..わが国は,明治以来「殖産興業」「富国強兵」の旗印の下に,世を挙げて勤勉と頑張リズムで,追いつけ追い越せと,団結し助け合って頑張った結果,西欧の知識技術をどこよりも早く,たくさん,巧みに取り入れることができた.このことはアジア諸国では模範として語り継がれているという. 明治維新以来の学校教育をうけ継ぎ,優秀な成績を上げてきた人たちの中には,「金銭欲」を肥大させ,地位や名誉と権力の拡大のために,労働倫理よりも金銭倫理に支配された人が増えている.政治家は「利権政治」に没頭し,不当な蓄財,「財テク」に励み,銀行家も信用より「マネーゲーム」に走り,「地上げ」「悪徳商法」「手抜き工事」などに手を染め,健全な企業まで巻き込んで「エコノミックアニマル」とまで呼ばれるようになった.挙句の果てが「不良債権」という大きな負債を残しても恥じることのないタフな国にまで成長してしまった.
もの豊かなるがゆえに心貧しきなり,
もの貧しきがゆえに心豊かであることを追求してきた古きよき時代とは違って,ものの豊かさのみを優先して追い求めた結果,こころのつながりが切れた時に,うつ病,適応障害,不登校,閉じこもり,不安などを訴える人が年々増加してきた.ものが増え,ものの価値が幅を利かせ,一見暮らしは便利で快適になったものの,真の充実感がなくなっている.ものに価値を置き,そのものをより多く手に入れたいと望み,他と競いながら日々忙しく,あわただしく生きてきた現代人は,ふと「これでよいのか」「一体何の為に生きているのか」と思い始める時が来る.一旦戦いに敗れたり,病に倒れたりした時,空虚感や不安が増し,生きる喜びを失い,絶望のふちに追いやられる人たちが増えている.競争原理,市場原理のみを善として育ち,教育されてきた私達にとって,心の深いところで皆つながっているという心の世界(世界観,宗教観)をしっかり育ててこなかった.お互いが生かされているという一体感を感じることが出来ず,こころの奥ふかくに無意識にあった宇宙・自然界とのつながりや,人と人とのつながりが切れたと感じたとき,その痛みから逃れようと,アルコール,薬物に依存し自己破壊という行動に走り,精神的・社会的敗者となってしまう. 自殺者3万数千人,児童の不登校者13万4千人と,交通事故死をはるかに超えた数字がものが豊かなゆえにこころの荒廃した現在の日本の事情を物語っている.これは戦後の教育がもたらした結果である.
こころの教育
こころの教育とは,自己と他者は深いところでつながりあっていること,日常生活の中にも意味と目的が感じられること,一人一人の命は全体として支えあっていることが体験できること,自然を愛し,芸術を愛し,創造することの充実感を経験すること,生きとしいけるもののもつ命に対する深い畏敬の念にいだかれていることを実感すること,魂の働きによって,全ての命に主体としてのいのちが与えられていることを覚醒できるようになる教育をこころの教育と言う.そのこころは,ひとりひとりの内からの改革である.このことを端的に表現した次の言葉をあげておきます(聖書から
inside out)
神はこころの内側から外側に向けて働きかけるが,
この世は外側から内側に向けて働きかける
この世は貧民窟から人々を連れ出そうとするが
神は人々から邪悪や汚れた面を取り去り,
自分自身で貧民窟から抜け出られるようにする.
この世は環境を変えることによって人間を形成しようとするが,
神は人間自体を変え,
それによって人間自らの手で環境を変えられるようにする.
この世は人の行動を変えようとするが,
神は人の人格を変えることができる
内から変わることを支援する教育がこころの教育として求められている.